第634話 田んぼで〇〇はちょっとで九尾なのじゃ

 山はこんなに大きくて。以下略。


 という訳で、俺たちは今度は山に来ていた。

 いやはや、海と違って山は割と来ている気がしないでもない。

 割とこう、なんかこう――。


「意外と山ネタたって少ないような気がするな」


「のじゃぁ。山のお仕事って言うと、あんまりこうパッと思いつくのがないしのう。何より関西方面で大きい山となると、どうしても奥地になってしまうのじゃ」


「あー、そういう舞台設定的な理由ね。完全に理解しましたわ」


「言うて、京都辺りは山ばっかりじゃがのう」


 そういや、逢坂の関を越えたりしましたね。

 いやはやあの時はうなぎがどうとか蝉丸がどうとかそんな話をしましたっけ。

 まぁ、峠というほど険しい道のりではありませんでしが。


 そう。

 今、俺たちが居るところなんかよりは、よっぽどなだらかな場所だった。


 某県某市の山の中。

 摩耶山の奥深くにそれはある。

 延々と続く急こう配な斜面に沿って整えられているのは――日本の伝統的な棚田である。


 そう、棚田だ。

 段々と斜面にそって造られたそのザ・日本の風景というべき田んぼの真ん中で、今、一人の男がせっせと稲を植えていた。


「はー、どっこいしょー、よっこいしょー」


「のじゃぁ!! 季節感どうなってるのじゃ!!」


「今は冬だろ!! なのになんで田植えをしてるんだよフォックス!! そういういろいろと考証がガバガバな所とかどうとか思うの!! ほんと、どうかと思うの!!」


 そう、もうお察しだろう。

 せっせと稲を植えているのは誰でもない。俺たちのとんちきご友人、ダイコンタロウ氏その人である。


 まるで某ガテン系タレントたちと同じような格好をして、暑くもないのに麦わら帽子をかぶった彼は、せっせと緑色した稲を田んぼの中に植えていた。


 六甲嵐が吹きすさぶ、寒い寒い山の中だというのに、せっせかせっせかと稲を植えていた。まだ、稲を植える季節ではないと、素人でも分かるのに、彼は一生懸命稲を植えていた。


 何がしたいのか――。


 今日は前の海での仕事と違って人の姿もない。

 客もなければそもそも田植えをする必要もないというのに、この意味不明の行動である。よもやまた頭がどうかしてしまったのではないか。


「……このまま、田植えを続けていれば。なんなん、のんのん、言ってる小学生が田植手伝うのん言うてやってくるって寸法よ」


「やはりダイコンタロウ!! そこまで病気が悪化して!!」


「てのは冗談で。うちの会社で経営しているオリジナル米の宣伝用の写真を撮りに来たんや。ほれ、本場の時期やといろいろ自由がきかへんやろ」


 そう言って、ダイコンタロウが後ろを指さす。


 でかでかと建てられた看板は例によってダイコンホールディングスのもの。

 そこにはポップな文字で――貴方の手で貴方だけのオリジナル米を作ってみませんかと、おばあちゃんの写真と共に書かれていた。


 うーん、いささかじじむさい、ばばむさい看板だが効果はあるのだろうか。

 ただまぁターゲットのねらい目としては悪くないかもしれない。


「いや、結構需要あるのよ。今の時分、暇しているお爺ちゃんおばあちゃんって予想した以上に多くってさ。余ったお金をどう使おうかって悩んでいる訳ですよ」


「……のじゃぁ。そこに付け込むとはお主も悪よのう」


「悪くはない。米なんて普通にやってたら作れないもんだろう。それを徹底的に管理して、さらにアドバイスまでするんだ。収穫したお米はお客さんの家までお届けして美味しいうちに食べてもらうし――割と頑張ってるアクティビティなんだよ」


「……いや、まぁ、確かに頑張っている勘は伝わって来た」


 そしてその頑張ってる感を更に強めるために、ダイコンが汗水たらしているのも伝わって来た。こいつ、思った以上に頑張り屋さんだ。


 うぅん。


「やっぱね、俺くらいの年齢――ちょっと家庭を持っているおっさんがやっているのが一番絵になるんだよ。休日に自分の田んぼで農業しませんかってね。ちょっとした旅行にもなるし、いい仕事だわ」


「……社長机にふんぞり返っているだけの仕事とか言ったけど」


「……のじゃ、いろいろ考えているんだなァ、ダイコンの奴も」


 流石に国内にその名を轟かす、巨大ホールディングスの社長。

 社長ってのは楽じゃないんだな。

 そして、割と頑張ってるんだな、ダイコンの奴も。


 異世界のこともあって、彼のことをみとめられなかった俺たちは反省する。

 これからは、曇りなき眼で、もっと彼のことを――。


「って、言うと思ったのじゃ!!」


「こんな土地持っている人間の専売特許みたいな仕事しておいて、苦労しておりますねぇなんていうと思ったか!! ダイコン!! いいよなぁ、お前はこんな大きな土地を持っていてよう!!」


「えっ、えっ、なんなん、これもあかんのか加代やん、桜やん。というか、海がダメなら山でと来てみたけれど、それでもだめやった感じか」


「あきまへん、あきまへんなぁ、ダイコンの」


「もっとこう、現大社会人の闇を身近に感じるような、そういう仕事をしてくれないと、困りはりますなぁ、ダイコンはん」


 そう。


 こういう金に物言わせる系の仕事もナッシング。

 もっとこうあれだね、健全な感じの仕事をだね、やるべきだと思うんだ。

 スーパーの店員とか、定食屋の給仕とかそういうの。

 そういうい所に、人間性ってのはでてくるものだからさ――。


 というか。


「俺ら、こんな所で働いた覚えがないから、どうツッコんでいいかわからん」 


「のじゃぁ!!」


 せめて、もうちょっと、俺たちの生活に身近なテーマにしてくれないだろうか。

 そんな思いを籠めて、また申し訳ないのだけれど、俺たちはダイコン太郎に、設定のチェンジを申し出たのだった。

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