第628話 ふーてんの加代さんで九尾なのじゃ

「はい、安いよ安いなのじゃ!! バナナの叩き売りだよなのじゃ!! こんなに美味しいバナナはそうそうないよぉ!! さぁ、よってらっしゃいみてらっしゃいなのじゃ!!」


 近所の公園。

 そう。近所の公園である。


 俺たちの住んでいる近所の公園で加代さんが、どこから持ってきたのやらなんか木の机を前にして意気込んでいた。


 ねじり鉢巻きにどてらを腹に巻いて、更に渋い茶色のコート。

 哀愁漂う帽子なんて被っちゃってまぁ。


「ビジュアルには絶対にできない感じになってるじゃないの」


 もし書籍化されるにしても、このシーンだけは絶対に絵にしちゃいけない奴じゃないの。

 このシーンを描いたばかりにいろんなところから苦情が来る奴じゃないの。

 アニメ化したら権利関係ややっこしくなる奴じゃないの。


 おきつねはつらいよ。


 ちゃー、ちゃららちゃららららー(あのテーマ)。


 という現実逃避はさておいて。

 加代さんが家の近所の公園で、寅でもないのに狐がバナナのたたき売りをやり始めた。


 うぅむ。


「仕事がない、お金がない、いよいよバイトもやりつくしたとは思っていたけれど、まさかこんなニッチな産業に足を突っ込むことになるとは」


「生きるためならなんでもやるのが加代さんなのじゃ!! ちなみに、お仕事はお祭りで屋台とかやっている方々からご紹介してもらったのじゃ!!」


「あー、夏祭りのバイトとかよくやってるもんなぁー」


 普通にスルーした。


 おれはしってるんだ、あのてのかたがたが、ちゃんとしたくみあいをつくった、かたぎのひとたちだって。あじいち〇もんめでよんだんだ。


 本当のところはどうかは分からないが、突っ込むのはやめておこう。

 でていけあんたは九尾さんは社会派小説ではないのだ。ちゃらんぽらんなおとぼけほんわか小説なのだ。そんな、社会の闇がうんたらかんたらとか、そんなんやっても誰も喜ばないのだ。


 それよりも、加代さんのバナナのたたき売りだ。

 果たして彼女はどうやってバナナを叩きうるのか。


 言ってしまえばバナナのたたき売りとは、テレビショッピングの元となった仕事である。


 夢のジャパ〇ットも、日本文〇センターのあれも、ショッピング〇ャンネルも、元をただせばここに至る。

 そして、現代において職業としても認知されつつあるユーチューバーがやっていることも、だいたいこいつの真似事と言える。


 そして、これからたたき売りをやるキツネは、過酷なたたき売り全盛期の昭和の時代を生き抜いた狐である。

 あの頃、どこに言ってもバナナはたたき売りであった。

 その時代を肌で感じて、そして生業として生きて来たオキツネである。


 下手をすれば人死にが出るぞ。


 そう思いながら、俺は公園の隅ですっとハリセンを肩に担ぐオキツネ娘に視線を向けた――。


 机の上に並べられたバナナは十個。


 全て売り切れば千円くらいの儲けにはなるだろう。


 最近は輸入バナナも安くなってきたが、はたしてそことうまいこと折り合いを付けつつ、お客さまのハートをキャッチして買って帰ってもらうことはできるのか。


 いざ。

 かっと見開いて加代が机をハリセンでたたく。

 ついに彼女のたたき売りが始まった。


「のじゃのじゃ!! ここにありますは見事な六本!! 南国生まれはフィリピン産のバナナなのじゃ!! 栄養満点、まるで九尾の尾っぽのよう!! しかし、九尾にしては尾が足りないからこりゃどうしたもんか!! のじゃのじゃ、こいつはうっかり、どこかに落とした三尾分、お勉強させていただきますというところで――どうなのじゃ、バナナバナナ栄養満点のバナナが一房六本で五十銭なのじゃ!!」


「……値段設定が、戦前!!」


 今どき銭なんて、為替と株の値動きでしか見ない単位だよフォックス。

 めちゃくちゃ安いけれど――安すぎて、買うに買えないよフォックス。円にすると五十銭って零点何円なんだフォックス。


 そしてなにより――。


「……やだ、あれ、何かしら」


「……昼間からあんな騒いで。ちょっと通報した方がいいんじゃないかしら」


「……風貌も明らかに怪しげだし。陽気に振舞っているけれど、もしかして不審者なんじゃ」


 全然机の周りに人が集まらないよフォックス。


 そらそーだ。

 もう、時代が違うんだよ。

 昭和も平成も通り越して、今は令和なんだよ。


 バナナのたたき売りなんて今日日流行りませんよ。普通にスーパーに行って買いますよ。いや、むしろ、最近はコンビニでも売っていますよ。


 ふっふっふとにやける加代さん。

 俺の心配をよそに、彼女は――たたき売りはこれからだとばかりにべしりとハリセンを机にたたきつけるのだった。


「なぁにぃ、しっぽの先が茶色いだぁ。のじゃのじゃ、確かに狐の尻尾は色があるもの。これはやられたどうしたもんかなのじゃ。てやんでぇ、なに、これくらいがかえって甘くなって美味しいってものなのじゃが、もってけどろぼう、先っちょのぶんだけおまけして――四十五銭でどうってもんだい!! なのじゃ!!」


「だから、加代さん、加代さん。もう、諦めて。違うの、もう時代が違うのよ」


「べらんぼうめのこんこんこやーんこんちきよ!! お客さんたち、なかなか目利きができるようだね!! 分かった分かった、だったらこっちも勉強させてもらうのじゃ!!」


「まず、お客さまからしていないの。気付いて、気づいてカヨチャン、キヅイテ――」


 こらー、あれですな。

 時代の波という奴には、加代さんも勝てませんという奴ですな。

 まぁ、それでなくても負けるんですけどね、この駄女狐さんは。

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