第629話 久しぶりにアシスタントで九尾なのじゃ

 夏でもないのに冬でもないのにアシスタントでござる。(黒ひげ風)


「アシスタント1号!! ここの背景、適当な資料画像を二値化して貼り付けておいて!!」


「任せるのじゃぁ」


「アシスタント2号!! 簡単な線引き作業をお願い!! 線消しちゃっていいから、ガンガン吹き出しとか枠線とか引いてっちゃってくれる!!」


「あいよー、任されましたー」


 なぜ俺がこんなことをしているのか。

 なんで加代さんと俺がデジタル作画の現場にいるのか。

 ずぶの素人の俺たちが、いったいなぜ漫画アシスタントをしているのか。


 そう――。


 もうこの話も長くなるが、初期の頃の話を覚えているだろうか。

 俺には漫画家になった先輩がいて、その先輩の付き合いで、まぁいろいろと仕事場を訪れたり、即売会のお手伝いをしたりとそういうことをしているのだ。


 そして、今、漫画制作を手伝っている、目の前のお嬢さんはと言えば、そんな先輩が手塩にかけて育てたアシスタントさん。


 そんなアシスタントさんが、今度連載をすることになったからさぁ大変。

 しっかりと書き溜めはしてあるが、さらなる余裕が欲しいということで、急遽ブーストをかけて連載の原稿をやり始めることになったのだそうな。


 こういう時はもちつもたれつ。

 先輩の所のアシスタントさんなんかを回して、彼女を助けたりするのがこの業界の常なのだが――。


「すまん!! 桜!! 臨時アルバイトを頼まれてくれないか!! どうしても手が離せない状況でな!!」


 と、頼まれてしまったから仕方ない。

 実際、先輩は本当に大変な状況で――なんでも今連載していてる漫画が来季アニメ化するとかしないとか――後輩を助けるに助けられないのだという。


 助けてやりたいのはやまやまだが、今は自分も大切な時。


 断腸の思いで、彼は俺と加代さんに助け舟を求めたのだ。


 まぁ、求めた舟は泥船なんですけれどね。


「のじゃぁ、こんな感じでよろしいですかなのじゃ、先生」


「おっけーどれどれ。おー、良い感じに二値化されとるやないか。これやったら、はっきりと夜空やって分かるわこれ――ってアホー!!」


「のじゃぁ!!」


「どう考えても昼のシーンやろがい!! なんでこんな真っ暗なお星さまみたいな絵になっとるんじゃい!! 空の写真を用意したったやろが!! フォトショップも使いこなせへんのか、システムエンジニアの癖に!!」


 いや、SEとフォトショップは関係なくありません。

 割とこの業界で生きている人だと、使えるイメージが強いですけれど、言うてあれけっこう一部の人たちしか使わない技術ですからね。


 主に印刷関係とかの仕事してたり、画像処理関係の仕事してたり。そういう人たちには必須のアイテムですけれど、普通に銀行系のSEやってる人たちには、必要のないソフトウェアですからね。


 それこそ、よっぽどそういう加工している業者の方が技術持っているってえの。


 しかしまぁ――。


「今どきフォトショップで漫画作業か。このごろは漫画用のソフトとかも流行っているだろうに。古めかしいやり方を知っているんだな」


「のじゃぁ。こんな写真を二値化して背景にしなくても、3Dデータを張り付けるとか、いろいろあるはずなのじゃ。なのに、どうしてこんな」


「……なによ、先生の所で習った技術を馬鹿にするつもり?」


 あぁ、なるほど。

 先輩が教えたのか。


 技術畑から出てきた人だからな、そりゃまぁ、漫画制作ソフトより前に存在しているフォトショップとかで原稿描いたりするわな、それは。

 いやはや納得。


 それはそれとして、どうやって人数分のソフトウェアを集めたのかも気になるけど。うん。流石になんかこう、プロダクションでライセンス買って、なんかこうしたんだよね。


 そう信じたかった。


「のじゃぁ、そうは言われても、こちらも漫画は素人。二値化も、写真の選定も、なんというかまだ心地が分からぬというか、にんともかんともというか」


「役に立たないわね!! 本当に先生の元アシスタントなの!!」


 それについては保証する。

 まったく役に立たず、お茶くみばかりしていたけれど、一時期加代は間違いなく、先輩のアシスタントだった。それだけはまぎれのない真実だ。

 なので、そこを疑うのはやめていただきたい。


 やめていただきたいが――。


「いや、こいつ先生の所にも臨時で入っていただけなんで、ぶっちゃけ言うほど絵とかうまくないですよ。そういうの求めるのなら考えなおした方がいいです」


さくりゃあ!?」


「やっぱ使えない一般人じゃない!! あぁもう、それでもいいわ、ソフトを使えるだけまだましだわ!! 教える必要がないだけ助かるわ!! とにかく、やれることだけやってくれる!!」


 おーこわである。

 新人で連載漫画を持っただけだというのに、この迫力。

 もうちょっと、周りに気を回す余裕はないのかねとそんなことを思ってしまう。


 まぁ仕方ないだろう、人生がかかっているのだから。


「……のじゃぁ、さくりゃァ。わらわは役立たずかのう。戦力外かのう」


「そら分からんが、一つだけ確かに言えることがある」


 何かといわれりゃそりゃもちろん、今回呼ばれた仕事の内容である。

 俺たちは、普通に漫画を描きに呼ばれた訳ではない。

 彼女のフラストレーションを受け止めるために呼ばれたのだ。


 そらそーだ。

 ずぶの素人に漫画のアシスタントなんてろくすっぽできるもんじゃない。

 正規のアシスタントさんならまだしもだ。


 たぶん、俺たちを使って、人を使う難しさやら、どうにもならなさなんかを学んで、遅れてくる本命のアシスタントさんたちを使う練習をさせているのだろう。

 それでまぁ、本来のアシスタント代に加えて、先輩からもお金が出るという話も納得ができた。


 やれやれ――。


「どこの業界も、新人を独り立ちさせるってのは大変だなぁ」


「のじゃぁ!! 何をのんきなこと言ってるのじゃ桜よ!! 急いでやらねば、またお仕事をクビになってしまうのじゃ!! はよせなのじゃ!!」


 慌てない慌てない。

 それはもう確定事項。

 この仕事を受けた時点で織り込み済み。


 そんなことを思いながら再びパソコンに向かう――その時。

 ぷるりぷるりと俺のスマホが動いた。


 着信は先輩からだ。


「あ、桜? 大丈夫か? 無事にやれてる? あの娘、ヒスってない?」


「絶賛ヒスり中ですよ。すみませんね、どうにも素人で」


「あっはっは、気にするなよ。それに、どうせその原稿全部没になるし」


「……え!?」


 どういう意味だと思わず目を剥く俺と加代。

 そんな俺たちの様子に目もくれずに、原稿に打ち込む背中の先生。

 彼女に聞こえないように、マイク部分を手で覆って、俺は先輩にその心を問うた。


 長くこの業界で戦っている先輩には分かるのだろう。

 俺にはさっぱり分からないが。


「まぁなんだ、人間ってのは死ぬほど単純にできていてよ。安心するためには備えがあればあるほど頼もしく感じる訳だ」


「……はぁ、理屈も気持ちもよくわかりますけれど、それがいったい」


「けれどもまぁ、漫画ってのはナマモノだろう。そんなほいほいと出てくるようなもんじゃない。そして、時間の経過や人の目に触れることで、いろいろな話の流れが変わってくるもんだ」


 とどのつまり。

 書き溜め過ぎた原稿は、必然、そのまま使うことはできない。

 それを骨子に新しく話を組み立てなおす。

 あるいは、それらを捨てて新たな話を描く必要がある。


 なるほど先輩の話は、なんとなく理解できた。

 そして――。


「……わざとっすね?」


「まぁーねぇ。どいうせいらない原稿を描くのに、貴重な人材を送るのもどうかと思ったし。それよりも、彼女には面白い経験をしてもらいたいと思ったからね」


 なるほど確かに、下手なアシスタントを雇うより、加代を雇った方が面白いかもしれない。


 まぁ、せめてクビになるのが確定事項だとしても。

 未来の先生様のために、精一杯道化を演じてやるか。


 それがまぁ、今回のアルバイトの本懐なのだから。


「なんでこんな簡単なベタ塗もできないんですか!! 投げ縄範囲選択すればいいだけでしょう!! もうっ、本当に使えない!!」


「のじゃぁ、のじゃぁ、画像処理は専門外だったのじゃぁ。さくりゃぁ!!」


「あーはいはい。その程度にしといてあげてくださいね」


 まぁ、俺たちの描いた原稿が日の目を見ることはないだろう。

 けれども俺たちと過ごした日々が彼女の糧になることも間違いないだろう。


 うん――。


「最近、漫画家マンガって多いもんね」


 彼女が描いている漫画は、漫画家あるあるマンガであった。

 使えないアシスタントネタで、この目の前の九尾はいじられることになるに違いない。


 九日しか務めてないのにクビにしたとか。

 そんな感じで弄られ続けるに違いない。


 やれやれ、今回はちょっとトリッキーなオチだな。

 そんなことを思いながら、俺は作業に戻った。


 さ、俺もクビにされないように、最低限は頑張らなくっちゃな――。

 せめて、加代よりはこの現場に残りたいもんだ。

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