第626話 スーパートリマー加代さんで九尾なのじゃ

「のじゃのじゃー、お客さん、髪の毛伸びてますねなのじゃー。今日はどのような髪型にするのじゃー」


 はい。

 という訳でね。

 加代の奴が、ついに理髪店で働きはじめましたよ。


 まさかその手の職能を持っていたとは思っていませんでしたが、まぁ彼女なら持っていても不思議じゃないかと納得する部分もありましたよ。

 いやはや、これだけ特殊な技能を持っていながら、未だに定職にありつけていないとか、それはそれで奇跡的な話では。


 思わず、くらりとめまいがするってもんである。


 家の近くにある散髪屋。

 パンチパーマに強面の主人がしているそこは、男性客を相手にしたお店だ。


 そんな所に、女の理容師なんて必要だろうか。

 男の世界の男の散髪屋に、女なんかが入り込んで、無事に仕事ができるのか。


 一抹の不安を感じないでもなかったが、そこはこれまでの加代の職歴を信じて送り出すことにした。


 いやほんと、信じて送り出した。


「……めっちゃ不安だけど」


「いらっしゃいませなのじゃぁ!! こちらの席にどうぞなのじゃ!!」


 そんなこんなで、すぐに客が理髪店にはやってきた。

 入って来たのは――。


「……やってるぅ?」


 パンチパーマに顔面十字傷の男。

 頬にまるで定規で引いたように、水平な疵を持った男は、にんまりと笑うと暖簾をくぐって来た。


 待合席で、加代の仕事ぶりを窺っている俺を一瞥して、なんやワレしばくぞという感じの殺気を放った彼は、あきらかに堅気のアレじゃなかった。


 このご時世に、そんな無限の〇人や、ゴールデンカ〇イの登場人物みたいなキャラクターが出てくるとは思いませんでしたよ。


 というか、家の近所にこんな奴が来る店があるってなかなか不安じゃない。


 なんでもない感じでぬるりと加代の席に座るパンチパーマの男。

 にこにこと、まるでご機嫌なヤク〇の大親分みたいな感じで席に着くと、彼は加代に視線を向けたのだった。


「……いつもので」


 いつもの。

 散髪において、どのようにカットするかと聞かれた時、客側が最も楽で、店員側が最も辛い注文の一つである。


 料理屋じゃないんだ。

 顔を見て、さっといつものを用意することなどできない。


 かと言って、カットされる方も、まるでスタバの注文みたいに自分の髪型を事細かに形容してちゅうもんすることもできない。


 なので、ざっくりした注文をするのだが――。


 それを一つ飛び越してのいつものである。


 はたして今日が初出社、はじめて髪を切る加代さんである。

 いつものと言われてもそんなの分かる訳がない。

 これは流石に無理難題と言う奴だ。


 さてはこの客、加代が新人と見るや試しているのか。

 無茶な注文をぶつけて、それでもってひとつ怒ってやろうと思っているのか。

 そこからなんかこう、無茶な関係を結ぼうと考えているのか。


 ――冗談じゃねえぞ。


 大切な人を前にして降りかかった災難に、俺は拳を握りしめて立ち上がる。

 しかし、それを制するように――。


「分かりましたのじゃ」


 加代の奴が声をあげた。


 いや、分かるはずがないだろう。

 お前は今日が初出社。

 そのおっさんのいつものを知っているはずがない。


 けれどもしかし、そこは加代さん仕事人。

 お仕事をしょーもないことでクビにはなるが、技能だけはいっぱしに持っている狐娘さんである。

 もしかすると、ひょっとして、できるのかもしれない。


 彼女がハサミを取り出す――。


「では、少々お待ちくださいなのじゃー」


 言うが早いか、加代さんは手早くハサミを動かし始めた。


 見事。

 実に見事なハサミ捌き。


 縮れ毛。

 扱いの難しいだろうパンチパーマが、まるで直毛のようにすらりすらりと切れていく。それはまるで、髪の毛というものを本質的に理解しているような、素晴らしい手際であった。


 そして――。


「……のじゃ、お客さん、これでどうなのじゃ?」


「……エクセレント!!」


 パンチパーマの強面ヤの人は――。


 ストレートヘアーのさわやか男に変わっていた!!


 まるで、まったくその筋の人とは思えない、顔の十字傷もチャーミーな特徴のように感じられる、そんな男に変わっていた。


 一気にまた世界観が変わりやがったなァ。

 トライガ〇とかるろ〇とか、そっちの感じの顔つきだよ。

 どうなってんだいこりゃぁ。


 というか、これがいつものなんかい、こいつの。


「いやぁ、いつもくせっけが強くって、ストレートパーマをかけてもらっているんだけれど、今日はすんなりといって助かりましたよ」


「のじゃのじゃ、それはよかったのじゃ」


「また、今日の調子でお願いしますよ」


「お客様、シャンプーをお忘れですのじゃ」


「あっはっは、そうでしたね」


 そう言ってごく自然な流れで頭を洗う感じになる加代とお客さん。

 洗面台に顔を近づけて、首を垂れる元強面のおっさん。


 いい笑顔をするそいつに変わって、俺は――。


「ちゃうやろフォックス!! ここは髪型間違えてクビになるところだろフォックス!!」


 同居人の駄女狐のアイディンティティークライシスに警告を発するのだった。


 全然、本気のクビになる芸を見せれてないフォックス。

 シュラトに対して、大見え切っておいてこれかいフォックス。


 というか、さわやかストレートパーマロングヘアーおっさん、それでいいんかいフォックス。

 まだ強面に、パンチパーマの方が、見ていて安心感があったフォックス。


 いや、ちょっと外を歩くのに勇気がいるのは間違いないけれど。


 なんにしても、クビにならんのかい九尾!!

 そこ、ちゃんとしようよ!!

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