第613話 アイスキャンディ売りで九尾なのじゃ

「アイスキャンディはいらんかね。〇してでも奪い取りたくなる、アイスキャンディはいらんかね」


 そんな物騒なアイスキャンディはいらん。

 俺と加代は、まだまだ日差しの厳しい中、テーマパークでアイスキャンディ売りをしているシュラトを眺めながら、おー痛いイタイと顔を覆うのだった。


 そう。

 ダイコンに頼んで次に紹介してもらったのはテーマパークでのアイスキャンディ売り。

 お菓子会社の企画会議に紛れ込みトンチキをかましたとはいえ、自分でネタを考えてきたところには光るものがある。そう考えたダイコンは、シュラトを再びお菓子売り系の仕事に就かせることにしたのだ。


 しかしながら、流石に企画会議にもう一度参列させることはできない。

 まずは実績を重ねて、その言葉に重みを付けるのが先だと判断したダイコンは、シュラトをテーマ―パークのアイスキャンディ売りに任命したのだった。


 正直――その売り言葉から察して貰えると思うが、シュラトにやる気はない。


 目は虚ろ。

 どこか心地がここにないと言う感じで、彼はただただ決まった文句を垂れ流す、ポポーポポポに劣るテーマパークのにぎわしマシーンと化していた。


 うぅん。


「俺ら、ダイコンからアイツがちゃんと仕事をしているか、査定する仕事もまかされているんだけれどなぁ」


「のじゃぁ。ここまで露骨にやる気がないのをみせつけられては、ちょっと庇う気にもなれないのう」


 というか、何がそんなに嫌なのかねシュラト君や。

 騎士がアイスキャンディ売りなどできるかと、そういうプライドが君にそうさせるのかシュラトくんよ。君は今、騎士がどうとか言う前に、転生者であるということを、もうちょっと自覚したらどうなんだシュラトくんよ。


 勇者だろうが、魔王だろうが、現代日本に転移したら真面目に働くんだぞ。

 逆異世界転移でのお約束なんだぞ。


 お前、本当――ボスじゃないけど主人公のライバルっぽいビジュアルしているからって、そんな横暴が許されると思っているのか。

 働かざる者、異世界でも食うべからずである。

 もそっと真面目に仕事をしたまえ。


「のじゃぁ。まぁ、アイスキャンディ売りは、見かけによらずハードなお仕事なのじゃ。地味に直射日光とアスファルトからの輻射熱で、脱水症状とかの危険性も高かったりで大変なのじゃ」


「加代さん。いかにも経験者っぽいコメントをどうもありがとう。しかしながら、そういう甘やかしが今のシュラトには命取りなのはお前も分かっているだろう」


 脱水症状にならないように、水分補給は小まめにとっている。

 むしろ取り過ぎってくらいに取っている。


 ぐびりぐびりとサイダーを飲む姿は、なんというかコマーシャルのワンシーンみたいだ。むしろ、アイスキャンディじゃなくてサイダーを売った方が儲かるんじゃないかというくらいの男前な飲みっぷりだ。


 そんだけ小まめに水分補給をしておいて、この体たらくである。

 お前、摂取した水分はともかくとして、エネルギーはどこに行っているんだよ。もっと真面目に声出して売り子をせんかい。


 だぁ、もう――。


「加代さん、ちょっと見本をみせてあげてやって。あんなんじゃ、どれだけやってもお客さんなんて来やしないよ」


「のじゃのじゃ。確かに、あれじゃ〇してでも奪い取る様な、乱暴な客しか来ないじゃろうて。ほんに、世話のかかる奴じゃのう、シュラトの奴も」


 俺たちが発破をかけた所で、本人が真剣にならなければ意味がない。

 しかしながら、このまま手をこまねいて見ていてもどうしようもない。

 ここは鉄腕アルバイターにして、どんな仕事にも心得のある加代ちゃんさんの出番である。いっちょ魂の抜けたシュラトの奴に、ガツンと仕事の仕方というのを教えてやってくれ。


 のじゃのじゃと、アイスキャンディ売りのシュラトの方に近づく加代ちゃん。

 しかし――。


「えっ、ちょっと、ヤバくない。このキャンディ売りのお兄さん、マジでイケメンじゃん」


「うっそ、どれどれー。うわ、マジテンアゲのイケメンじゃん」


「なんでお兄さんこんな所でアイス売りとかしてるの。うけるー」


「……アイスキャンディ、いかかがっすかー」


「てか、声もマジでイケボじゃん」


「ウケるし。マジでどしたの、この人。ちょっと恵んであげちゃう」


「あげちゃおうよ。イケメンイケボのお兄さんから買ったアイスキャンディとかインスタ映えするっしょ」


 三人の女子高生――と思わる女子集団がシュラトに目を付けた。

 そこからあれよあれよという感じに、人だかりが出来上がっていく。


 まったく本人にはやる気がないというのに。

 まったくイケボ以外にその声に魅力はないと言うのに。

 勝手に人が集まっていく。


 そして、勝手にアイスキャンディが売れていく。


「アイスキャンディいかがっすかー」


 棒読みの声が空に響き、虚しいくらいに空が澄み渡る。

 今行くぞと意気込んだ敏腕オキツネアルバイター。しかし彼女は足を止めると、なんだかどうしていいのか分からない、まるで自分のアイディンティティを根底から覆されたような顔をして俺の方を振り返ったのだった。


 うむ。


「加代さん。男は顔だよ。顔のいい男は、ただそれだけで生きやすいように世の中はできているんだよ」


「……のじゃぁ。なら、女はなんなのじゃ」


 そら決まっているだろう。

 フラットな加代さんの身体にはないものだよ。

 言わせないでよ、フォックス。

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