第614話 騎士の誉れで九尾なのじゃ

 意外。

 シュラトには商売の才能があった。


 いや、より正確には人を魅惑するだけの魅力があった。


 いや意外でもなんでもない。

 異世界で大陸の人間率いてドンパチかますだけの男である。それなりに人を惹きつける魅力が備わっているのは想像に難くないことだった。というか、それについては異世界で一緒に行動していた俺がよく知っていた。


 そして同時にシュラトの奴があまり頭がよくないこと。周りに任せられることは任せるタイプの人間だということもよく分かっていた。


 別に社会人経験が特別高い方ではないが、この手のタイプはちょっと職人気質からは遠い人間だ。なので、モノを作ったり、解析をしたり、そういうことには向かない。

 どちらかというと、場の空気を読んで適切に行動する能力。

 マネジメントや営業能力の方が高い傾向がある。


 人徳で食ってるタイプの人間という奴なのだ。


 俺はシュラトの適性をすっかりと勘違いしていたのだ。彼の適性を考えずに、とりあえずとっつきやすい仕事というのをダイコンに促されるまま与えていたのだ。

 それで異世界でお仕事がうまくいくはずがない。


 そう、異世界転移先で生きるにあたって、考えなければならないことは多い。いや、現実世界でもそうだ。自分の気質をしっかりと見定めて、それにあった仕事をしなければ、世間というのは生きづらいようにできているのだ。


 そう――。


「アイスキャンディ売りなんてしとうなかった!!」


 こんな風に。


「そんな、オキツネっぽく言ってもダメなのじゃ!! たわけ!!」


「いやだー!! 私は誇り高き、暗黒大陸の黒騎士なんだぁー!! アイスキャンディ売りなんていう、おばちゃんがパートでやっているような仕事なんてしたくなかったんだー!!」


「なんでお前、異世界転移者なのに、こっちのアイスキャンディ事情に詳しいんだよ」


 アイスキャンディを売り切り、やるやんシュラトやんとダイコンに褒められた矢先にこれである。


 暗黒大陸の騎士どの――畳張りの床に転がりダダをこねる。

 それはもう壮絶にダダをこねる。

 舞い立つ埃とかびた匂いの中で、うわぁんうわぁんとシュラトは泣いた。これでもかと無遠慮に力いっぱい泣いた。なのちゃんも、親父もお袋ももいるのに、子供みたいに泣いた。なのちゃんがなのぉと困るくらいに力いっぱい喚いた。


 適職とやりたい仕事は違う。

 これもまたこの世界の真理である。

 やりたい仕事がやれるとも分からないのがこの世の中。そして、やれる実力があったとしても、上手くいくかどうかも分からないのが人生。生きるためには働かなければいけないが、心を殺してまで働く必要はない。


 地団太を踏むシュラトを責めることはできない。

 これもまた、人間の性に違いなかった。


「のじゃぁ、シュラトよ。気持ちは分からんでもないがのう。もそっと、現実をしっかり見据えるのじゃ」


「そうだぞ。生きてくためには金が要るんだ。今の所――まぁ、なんとかなっているが、お前もこっちに転移した以上、それなりに稼いでもらわなくちゃ困るんだよ」


「しかし、騎士にも矜持というものがある!! あんな、果汁を凍らしただけの棒をさもありがたく売りさばく商売人に身をやつすくらいならば――くっ、殺せ!!」


「全世界のアイス売りさんに謝るのじゃ!!」


 ほんとそれである。

 お客さんの喜ぶ顔が見たくて、アイス売りに精を出しているパートのおばちゃんや、アルバイト青年だっているんだぞ。いや、大半が家計のためかもしれないが。

 なんにしても、誇りを持ってやっている人がいる仕事で、くっ殺するとは情けない。

 異世界の騎士でもやっていいことと悪いことがある。


 というか、それやっていいのは女騎士だけだ。

 お前は騎士は騎士でも男騎士じゃないか。そんでもって、黒騎士じゃないか。

 くっ殺されてもオークも反応に困るだろう。しかも、アイス売りしたくないなんていう、しょうもない理由でやられたらたまったもんじゃない。


 はぁと俺は重たいため息を吐きだした。


「……いいかシュラト。仕事ってのはさ、なかなか難しいもんだよ。一生懸命学生時代に頑張って学んだことが、ひとつも世間じゃ通用しなくって、打ちひしがれるなんてことはよくある話さ」


「のじゃのじゃ。どれだけ頑張っても、新しいことに挑戦しても、上手く結果が伴わず空回りして疲弊する。そんなの日常茶飯事なのじゃ」


「けどな。それより前に、俺たちは人間だ。人間が生きてくためには食べなくちゃいけない。遊ばなくちゃいけない。休まなくちゃいけない」


「衣食住。独立して生きるためには、いろんなものが必要なのじゃ。シュラトよ、お主、このまま自分で何もできない、惨めな人間になってしまっても構わぬのか?」


 構わぬというのなら見捨てるつもりだった。

 それを臆面もなく言うようになっちまったら人間はおしまいだ。

 多少なりとも、自分の人生の行き先について、思いを巡らせられなくては、生きているとはいいがたい。


 シュラトとて子供ではないのだ、そこは弁えている。

 分かっているさとばかりに、じたばたとする手足を止めて、俯く彼の姿の中に、俺はかろうじて人間としての尊厳を垣間見た。


 シュラト――。


「私は、剣に生きてきた騎士なのだ。それが、商人の真似事など、いきなりやれと言われてできるはずがない」


「いや、出来ていたぞシュラト」


「のじゃぁ。わらわも完敗、何も口出しすることのない天職っぷりだったのじゃ。お主には、商売の才能がある。間違いないのじゃ」


「所詮真似事だ。本職の域には至れない。そして、そんな域にずかずかと土足で踏み込んでいくことは、なによりあってはいけないことだと私は思うのだ」


 ――あぁ。

 シュラトがこっちの世界で、あんまり積極的に動かない理由はそれか。


 そう納得した時、がらりと家の扉が開いた。


 すりガラスを横に開いて入って来たその娘は――なのちゃんよりちょっと大柄、加代さんより少し小さい女性。

 褐色の肌に、今は眼鏡のエルフのネーちゃん。


「コンビニの昼勤バイトなんてしとうなかった!!」


 シュラトと同じく、こちらの世界での就職活動に、いろいろと苦労している異世界転移者にして、この家の最後の同居人であった。

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