第601話 めぞ〇九刻で九尾なのじゃ
「桜さん」
「加代さん。俺、加代さんのことが……!!」
「ダメよ桜さん、
という寸劇が思わず出てくるアパートの前。
俺と加代さんはたいそう年季が入ったアパートの入り口の前に立つと、手と手を取り合ってちょっと現実逃避していた。
理由は説明しようとするとちょっと難しい。
既に異世界転移から帰って来た俺たちが、いろいろと不都合を生じているのは述べた通りだ。
会社から首を切られるのこそ回避することはできたが、住所不定には変わりない。実家が比較的会社の近くだったため、しばらくはそこから通勤することにしたが、いい歳をした男と女が実家暮らしというのはなんとも世間体が悪い。
二世帯同居ならともかく、世間体が悪い。
いや、訂正しよう。
「桜、加代ちゃん。アタシたちに遠慮する必要なんてないのよ」
「若い二人なんじゃ。なんじゃ、羽目を外したりハメたりしたいときもあるだろう。気にするんじゃない。若さとは勇気だ」
「何言っているんだボケ老人ども」
毎日毎日両親がなにかと圧をかけてくるのだ。
はよ初孫を造れという感じに、奴らと来たら俺に圧をかけてくるのだ。
そして、そんな圧力にちょっと屈してしまいそうな俺たちがいるのだ。
両親も言っていることだし、少しくらいフォックスしてもいいんじゃないと、そんなことを考えてしまう俺たちがいたりするのだ。
けれども冷静になってよく考えてみると、築三十年超の昭和一戸建てなのだ。
そんなことすりゃ一発アウト。
次の日の朝ごはんが赤くなってしまうというのも予想の範囲内であった。
つまるところ――。
「のじゃぁ。安アパートでもいいのでなんとか引っ越し先のアテをつけるのじゃ」
「どこかにいい物件があるといいんだけれどな」
「あ、お兄ちゃん、こことかどう。1LDKで二万円」
「いや、流石に築五十年で木造っていうのも。あ、けど、DIY可ってのはちょっと魅力的かも」
ということで、俺たち(ハクくん含む)は安いアパートを探していたのだ。
賃貸サービス雑誌。
インターネットの賃貸斡旋サイト。
時には仲介サービス店舗にも足を運び、いろいろと調べて貰ったりした。
貰ったりしたけれども、結局最後にモノを言うのは信頼感である。
「あらー、それならちょうどいい物件を知ってるわよ」
とは、たまたま日本にイベントで来ていた加代ちゃんママさん。
妲己さんは年齢を感じさせない風貌と、そして俺たちをこんな窮地に追い込んだ元凶であることを感じさせない口ぶりで、けろりと物件を紹介してくれた。
そして、彼女が紹介してくれたのがこのボロアパート。
めぞ〇九刻である。
なお、読み方は知らない。〇は本当に〇が入っている。
登記的には、めぞ丸九刻である。なんともややっこしい建物だ。
どうしてこんな名前にしたのか――。
「もーほんとー、バブルっていやよねー。私と一緒に、アパートの管理人さんになってくれないかって。そんな告白あると思う。まぁ、情熱的だとは思うけれど」
加代さんママの悪癖が原因であった。
国をも傾かせる傾城の魔女。
そりゃ、アパートくらい貢がせるだろう。
そして、それになんかそれっぽい名前を付けさせるだろう。
しかし貢いだ相手が悪かった。
この手のことはとんとからっきし。
人にやらせるのが生きがいのような生き物。
九尾の狐(本家)である。
当然、ろくに管理などせず、放っておくに任せていた。
とまぁ、あとは流石に察してくれ。
その所有権を、よければくれてやるという話になった訳なのだ。
「のじゃぁ、住む所には困らないけれど、これは違う意味で面倒になったのじゃ」
「集金とか、今までいったいどうしていたのか疑念が湧かないでもない」
しかし、それ以前に、人が住んでいる気配がない
。
うらぶれアパート。外に出された洗濯機からして、これまた平成味を感じさせるような二層式である。二層式についてとやかく言うつもりはないが、こればかりは時代を感じずにはいられない。
そして辺りに散乱する、ゴミとも前衛的アートとも取れるよく分からないモノ。
こんな妖怪アパートで暮らしている人などいるのか。
「のじゃ。いないから騒いでも大丈夫なのじゃと渡されたのじゃ」
「なーるほどー!! 流石妲己さん、やることがエグーィ!!」
全室空いている状態で、アパートを譲渡された所で嬉しくなどない。
どうしてそんな負債みたいな物件を押し付けられなければならないのか。
すぐに空室に人を集められるのならばともかく――こちらは異世界帰りだぞ。そんなもんある訳ないだろうが。
ちくしょうバブル狐めやってくれるぜ。
「のじゃ、となると、今回のオチ」
「建物の方からクビってことですなぁ」
加代さん。
もうちょっと経営学を学んでから、この物件には手をかけよう。
でないと俺たちの財布から、出す必要のない支出ばかりが出ていくことになる。
またしても、クビになるんじゃなく、首を括る展開が見えて俺はそっと加代の肩を叩いたのだった。
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