第546話 異世界転移とはで九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 突如として現れた、謎の魔法使いタナカに襲われる桜と加代たち。

 目的はどうやらなのちゃんの作るあみぐるみらしい。だが、行動と発言がどうにも危なげ。そんな彼を危険とみなした男桜は――ダイコンを手に毅然と立ち向かうのであった。


「別に、倒してしまっても構わんのだろうやで」


「アカン、ダイコン、それ死亡フラグや」


 無限の大根。

 はたして、桜に魔法使いタナカを倒すことはできるのか。


◇ ◇ ◇ ◇


 果てしない攻防だった。

 こちらに向かって掴みかかってくるタナカ。それに向かってダイコンを叩きつけ、ダイコンを叩きつけ、ダイコンを叩きつける俺。


 予想以上にタフネス。

 だが、同時にビビり。


 一回叩かれただけで、ひるんで大きく下がるタナカはいうてそんなに厄介な敵ではなかった。魔法使いというから、どういう魔法を繰り出してるのかと警戒していたが、まったく炎も氷も、風もゴーレムも出さずに、ただただタックルしてくるだけだった。


 無限に叩き込まれる大根。

 そして無限に突進してくるタナカ。

 お互いの気力が折れるまでの激しい戦い。

 やがて日が西の稜線へと脚をつけ、街に夕日が差し込むころ――。


「ナイスファイトタナカ」


「そちらこそ、ナイスガッツサクラ」


 俺とタナカはお互いの健闘をたたえて握手し、この不毛な殴り合いを一旦中止することとあいなったのだった。


 うん。

 普通に街の人たちから、ダイコンが散らばって邪魔だからやめろと怒鳴られて、二人で我に返りましたよ。いやはや、そら、剣を持ってやりあってたら、仲裁するのも難しいけれど、いうて俺が持ってるのは大根だしね。


 叩けば崩れる大根だしね。

 そりゃ、何を食べ物を粗末にしてるねんて、怒るおばはんや八百屋のおっさんも出てくるいうもんですわ。そして、そんなしょーもないことで怒られて、俺も、ダイコンも、タナカも、しょぼんっちゅう訳ですわ。


 いい大人ですわ。

 俺らもいい歳をした大人という奴ですわ。


 そりゃ我に返るのが普通ってもんでしょうよ。


「んで、ちょっとは落ち着いたかタナカの」


「せやで。好みの幼女を見つけて興奮するのはしゃーなしやけど、お前、ちゃんと節度を持って紳士な対応せなアカンやろうが。ノータッチ、ノーフューチャーやで」


「……いや、好みとかそういうのとは違うんですが。はい、まぁ、反省しております。お世話をどうもおかけしてしまいました」


 分かればよろしいと息を吐くダイコン太郎。

 そんな俺たちの前で、深々と腰を折って――どころか額を地面にこすりつけて懇願し始めた。


 ありゃまぁ。


「ほんとなんていうか」


「行動の極端な奴」


「申し訳ございません!! けれども、異世界とこの世界を繋ぐ穴を開き、我が宿願を果たすためにはどうしても人形が必要だったのです!! より精巧で、力のこもった人形が!! ですから願いします、私に人形を作ってくださいませんか!!」


 異世界と、この世界を繋ぐ。


 何を言っているんだ、このすっとろい男は。

 なんて笑うことはできない。だってその宿願は、俺も、そして、大根太郎もまた、求めてやまないものだったのだ。


「……ちょっと待て」


「その話、詳しく聞かせてもらおうじゃねーか」


「……信じてくれるんですか? 私の話を?」


 藁にもすがるといっちゃぁなんである。

 だが、俺とダイコン、そして加代の願いはこの通り。

 元の世界になんとしてでも戻ることだ。


 いや、大根太郎はこっちの世界で無双を続けたいかもしれないが。


 なんにしても、その方法に直接関係しそうなセリフを聞いて素知らぬ顔はできない。もしかして俺たちはとんでもない厄介者ではなく、とんでもない救世主と出会ってしまったのかもしれない。


 魔法使いタナカ。

 こいつの力で、俺たちは。


「やっと元の世界に帰れるかもしれない」


「この長い、異世界加代ちゃん編におさらばバイバイすることができるかもしれへんで。なぁ、桜やん」


 なんだ異世界加代ちゃん編って。

 俺たちの人生に勝手な名前を付けてんじゃねえぞダイコン。


 と、いつもなら叩き割っているところだけれども、今日は違った。


 今日ばかりは、初めて見えた希望の光に、異世界脱出の一縷の希望に、大根ではなく掌を握り締めていた。


 帰れる。


 ようやく俺たちは、元居た世界に帰ることができるんだ――。


◇ ◇ ◇ ◇


「とまぁ、喜んでいる桜くんですけど、はたしてどうかしらね。この世界の神々は、桜くんが思っているほど優しくもないし残酷でもない。人間に対して極めて紳士的よ。ふふっ」

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