第545話 これ事案じゃないですかで九尾なのじゃ
【前回のあらすじ】
西の王国で青空市を開き、なのちゃんの人形を売っていた桜たち。
しかしそんな彼らの元に巨漢の男が姿を現す。
そうそいつの名は魔法使いタナカ。
「タナカか」
「のじゃぁ。もしかして、彼も異世界転移させられた人間なのじゃ」
四人目の異世界転移者あるいは転生者。
事案なのそれとも運命なの。どちらとも分からない不安を胸に抱きながら、桜たちはタナカと接触することになるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「のじゃぁ。残念ながら今日は店じまいなのじゃ」
「悪いな、売り物のあみぐるみも、すぐに作る材料もなくってさ。それにそろそろ日も暮れる。今日は店じまい、来週にも店は開くからその時にでも」
それじゃダメなんだとタナカが俺に掴みかかる。
その巨躯からはちょっと想像できない俊敏な動き。そして、魔法使いと名乗った割には腕が軋むような握力。
そしてなにより、ローブの中に隠れていて見えなかった血走った目。
こいつ――。
「加代!! なのちゃんを逃せ!! こいつは近づいちゃいけない奴だ!!」
「のじゃ!!」
「なのぉ!! 桜お兄ちゃん!! どうするつもりなの!!」
「せやで桜やん!! お前、異世界冒険者でもあらへんのに、自称魔法使いなんかに戦いなんて挑んでも勝ち目なんて――オウフ!!」
もちろん、勝ち目なんてある訳がない。
俺は異世界から転移してきたが、別に特別なスキルを持っている訳でもないし、特別賢い訳でもない、ごくごく平凡なサラリーマン桜くんである。
しかし、だからと言って子供を守らない理由にはならない。
俺の背中にはなのちゃんがいる。
彼女をこの場所に連れ出して、人目につかせたのは俺の責任だ。
俺たち大人の責任だ。
その責任を果たさないわけにはいかない。そこでおめおめと引き下がって、大切な家族を傷つけられるなんて、そんなのはまっぴらごめんだ。
たとえ血の繋がらない疑似家族でも、そんな事態は見過ごせない。
そう、見過ごすことなどできないのだ。
「加代、頼んだ!! なのちゃんを連れて逃げろ!!」
「分かったのじゃ!!」
「ダイコン悪いが手伝え!! お前も男だろう、家族を守るためにひと肌脱げ!!」
「桜やん、ワイはただのダイコンやで。けど、確かにお前の言う通りや。ここで戦わへんかったら、男がすたる、スケベダイコンが廃るってもんや。よっしゃ、一つ、ワイらの意地っちゅうもんを見せつけてやろうやないか」
「なんだよ、邪魔すんのかよ。星辰の刻は近いんだ――今週中に素体を俺は手に入れなくちゃならないんだよ。邪魔すんなよ……邪魔すんじゃねえよォオオオ!!」
「やるぞダイコン!!」
「おうさ!!」
俺は力いっぱい握り締めたダイコンを魔法使いタナカの頭に打ち付ける。
流石に大根。
それもド根性の股割れだ。それなりの厚みと重量があるそれに脳天を叩かれて、ふらりとタナカがよろめいた。
ふっと離した俺の腕。
すぐにタナカから距離を取りつつ、リスポーンした大根太郎を再び握り締める。
「……来な、魔法使い!!」
「ダイコンの貯蔵は十分やで!!」
分かってるじゃねえかダイコン太郎。
けど、お前、それ以上言っちゃいけないぞ。
死亡フラグだからな。
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