第544話 厄介な客で九尾なのじゃ
【前回のあらすじ】
恥も外聞もへったくれもなく、なのちゃんの能力で金を稼ぐ桜と加代ちゃん。
異世界に労働基準監督署があったなら、きっと訴えられる勢い。
「いやけど言うてお金は大切やし」
「なのちゃんも嫌がってないし」
家族のために無理しているのかもしれませんよ。
そういうのため込むタイプの子ってのは少なくないですからね。
なんにしても――。
お勤めご苦労様です九尾さんにならないといいですね。
「「縁起でもないこと言うなよ」なのじゃぁ!!」
◇ ◇ ◇ ◇
なのちゃんの編みぐるみ市は夕方まで続いた。
客足は途切れることなく、そして、注文も途絶えることなく。
あみぐるみの在庫は全てはけ、隊商の隊長から譲り受けた太めの木綿糸がなくなるまでそれは続いた。
最後の客が小さなリスの編みぐるみを抱えて去っていく。
親子連れ。なのちゃんと同じくらいの見た目の少女は、何度も何度も俺たちに手を振ってありがとうありがとうと叫んでは去っていった。
なんでも、庭で買っていたリスが死んでしまい、辛い思いをしていたのだとか。
なのちゃんの能力で編んだ編みぐるみなら――まぁ、火でもつけない限りには簡単に死ぬことはないだろう。彼女のリクエストに応えて、事細かにその細部を再現してやると、泣いて喜んでいた。
いやぁ。
金儲けで始めたことだけれど、思いがけず泣ける展開になってしまった。
「のじゃぁ。なのちゃんの能力がこんな風に人の役に立つなんて。何事もやってみるものなのじゃ」
「なぁ。ここまで人に感謝されるなんて」
「なの!! なのも嬉しいなの!! また頑張ってお人形さん作って、みんなに喜んでもらうなの!!」
えへへぇと笑うなのちゃん。
途中、つかれた、あつい、たいへんと、ごちっていた彼女だが、終わってみればこの通り満足感に満ちた顔をしている。
いろいろと不安な部分はあったけれど、なんとか丸く話は収まった。
ほっと息をついて広げていた筵を畳む。
さて、今日は店じまい。
ホワイトだがやることはブラックな異世界水質管理会社から与えられた社宅に戻ろうと腰を上げた時だ――。
「……すみません。まだ、お願いできますか?」
ふと俺たちの背中に声がかかった。
重たい声。
間違いなく男のそれだ。
しかも、太っている奴特有の、ふぅふぅという荒い息遣いが聞こえてくる。
なのと不用意に顔を出そうとしたなのちゃんを背中に回す。
どちらさまでしょうかと俺が振り返るとそこには――。
「ふぅ、ふぅ、怪しいものではありません。私は魔法使いタナカと申します」
「魔法使い?」
「タナカ?」
でっぷりとまるまる太ったローブの男。しかも何故かストライプのシャツを着て瓶底眼鏡をかけた男がそこには立っていた。
ぴっちりと太い脚にフィットしているのは青々しいジーンズ。
額にはこれまたストライプ。
紅白地のバンダナが巻かれていた。
そう、どこからどう見ても典型的なデブオタ。
タナカと名乗ったそいつは、極めつけにデュフフとステレオタイプな笑いを俺たちに向けてきたのだった。
「のじゃぁ……。なのちゃんに近づけちゃいけない感じの人間なのじゃ」
「ダイコンと同類の匂いがする……」
「同類てそんな。冗談きついで桜やん。ワイ、こんな強烈なスメル出しとらんで。こんなイカみたいな匂い――してたかもしれんなぁ」
納得するんかいフォックス。
自分の股を見てじっと固まるイカダイコン。
そのまま鍋に入れて煮込まれてしまえばいいのに。このど変態め。
なんにしても、厄介な客が現れたものだ。
しかしなにより。
「タナカか」
「のじゃぁ。もしかして、彼も異世界転移させられた人間なのじゃ」
思いがけない出会い。
これは事案かはたまた運命か。
幸運値こそ奪われたが、まだまだ、俺たちは神々の手の中で、何やら踊らされているような、そんな予感を感じずにはいられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます