第536話 そうだ転勤しをしようで九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 武闘大会でも漫才大会でも負けてしまった桜くん。

 なんとかしてなのちゃんに屋根のあるお家を提供してあげたい。そんなことを別に子持ちでもないというのに健気に思うのであった。


 と、そんな所に、不意に現れる会社の上長。


「どうしたのさ、こんな大会なんかに出て。というか、君、そういうキャラじゃないよね」


 もはやフラグはビンビンに立っていた。

 九尾の尻尾なみにビンビンだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「……なるほどねぇ。そんな理由で武闘大会に出場を。大変だったんだね桜くん」


「まぁ、はい。すみませんなんも相談せずに参加して。お話しておくべきでした」


「いやいや、抜き差しならない状況だったんでしょう。そんな状況なのに報告なんて必要ないよ。というか家庭と仕事は別だからね、気にしちゃダメだよ」


 相変わらず、仕事についてはできないけれど、人間についてはできている人だ。

 わざわざ俺たちが大会に出ているのを見て声をかけに来てくれるなんて、なかなかできるもんではない。

 仕事と家庭が別と言う割には、完全にプライベートのリソースを裂いてきてくれている。異世界に転移したというのにいい上司をもったもんである。


 場合によっては鬱陶しいが、こうして心折れている状況では身に沁みる。

 上司の慰めを俺はすんなりと受け入れた。


 まぁ、問題は根本的になにも解決はしていないのだけれど。


「しかしまぁ、それならそうと相談してくれればよかったのに」


「……え?」


「住む家がないんでしょう。そのくらい、職場としてもなんとかするよ。私生活は別とは言ったけれど、部下の家庭環境については考慮しなくちゃいけないからね。ちゃんと仕事ができるように、福利厚生はしっかりしないと」


 なんだと。


 異世界転移してホワイト会社に就職したというテンプレ的展開は理解していたつもりだ。つもりだけれども、せいぜい残業がないくらい。業務量が適当。人間関係も良好でなんというか、働きやすい職場に就職できましたやっほい的な、そういうくらいの認識だった。

 なのにそこに福利厚生までつくんですか。


 ヤダー。


「言ってくれれば水質管理センターで寮を用意したよ。あ、家族がいるなら社宅の方がいいか」


「え、ちょっと待って、待ってください。そんなとんとん拍子に解決しなくても」


「解決しないと。君はうちのエースなんだからさ。なんてったって、あの謎のオーパーツを使いこなすことができる、ただ一人の人間なんだから……」


 わっほい。

 知っててよかったレガシーPCの使い方。

 専門学校の先生ありがとうな。まだまだ、組み込み系の業界ではスタンダードで使われているものだからと、使い方を教えてくれたおかげだぜ。


 もっとも、ここは異世界だけれども。


 なんにしても――。


「のじゃ、これで、なんとかなったのじゃ」


「よかった。とりあえず、住む所には困らなくてすむ。なのちゃんたちを雨露に濡れさせなくてよくなる」


 俺と加代は顔を見合わせると、肩を抱き合って安堵した。

 よかった、本当に良かった。

 異世界転移した転職先が、中世風のファンタジー世界なのに、ホワイト企業で助かった。本当に助かった。


 異世界転移さまさまだぜ。

 そう、思った時――。


「あ、けど、ちょっと待って。今、この街の寮は埋まってたな。すぐには用意できないかも」


「え、そうなんですか……」


「この街でなければ比較的話は通りやすいと思うんだけれど。あぁ、そうだ。国は違うけれど、同じ系列の水質管理センターが隣の国に」


 違った。

 これ、ホワイトやない。

 超絶ブラック過ぎて、福利厚生だけがめたくそしっかりしている奴や。


 ひゅっと、俺は玉が小さくなるのを感じた。

 うぅん。幸運値が下がったのはどうやら本当のようだ。

 いい話とみせかけて、これはまた厄介なことになりそうだぞ、フォックス。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る