第537話 そこに行けばどんなものもで九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 異世界に転移すると、そこは超絶ホワイト企業でした。

 なんてことはない。


 家族を人質にとられて、突然の転勤を打診される桜。

 思わず、転生得点により跳ね上がった幸運値ボーナスが、なくなったことを嘆かずにはいられないのであった。


 福利厚生がしっかりとしている。

 それは、それだけ社員をこき使うということ。

 ブラック故の社会的なしっかり感。残業もしっかり払えば怖くない。みなさんも転職する際にはよく考えて行動してください。生きてこそなんぼ。変な会社にひっかからないように……。


「いや、言うて、しっかりした会社に入れる人生歩んでいないひがみなのじゃ」


 まぁうん。

 いろいろありましたからねェ(遠い目)。


 なんにしても、転職は慎重に!!


◇ ◇ ◇ ◇


 さて。

 上長からの説明によれば、どうやら西の王国という所に、この街と同じように水質管理を行っているセンターがあるという。そこはここの上下水道の管理センターと同系列の仕事場で、ほぼほぼ同じ業務をしているのだそうな。


 同じ業務ということは、同じ業務システムも使っているということ。

 そう、西の王国にある街。そこで使われている上下水道の管理システムもまた、俺だけが唯一使えるPC〇8だったのだ。


 もうオチは読めている。


「向こうでも、ちゃんと装置を使える人が欲しいって、前々から言われていたんだよね。桜くんが行ってくれればきっと助かると思うんだ」


「……あー」


 家族を担保にきつい辞令が出るヤーツである。

 社畜あるあるでベスト10くらいに入る鉄板ネタだ。

 1位はぶっちぎりの、三六協定の上限を誤魔化すためにサービス残業になるヤーツだが、それにも増してよくある奴である。


 アイタタタ。

 まさか、ここに来てのブラック企業あるあるとは思いもよらなかった。

 ほんと緩い会社だなと思って油断していたところにこれは効く。裏技使われたくらいに効く。畜生、なんてこったい。


 まぁ、異世界だろうが元の世界だろうが、結局のところ人間の考えることは一緒なのよね。とほほ。こりゃ一本取られたよ。


 とはいえ。

 目の前の俺の上長が、俺のことを心配しているのは本当らしい。

 白目を剥く俺に向かってどうしたんだいと声をあげるや、彼は俺の肩を揺すって来た。どうしたもこうしたも、そんな酷い辞令をだされりゃ、白目くらい剥くよというもんである。


 はてさて、どうしたもんだろうか。


「まぁ、こっちでも家は用意してあげれると思うけれど、どれだけ時間がかかるかは分からない。今は、空き家を探すのも結構手間だからね。ほら、空き家管理の制度ができてから、そっちにまかせっきりで」


「……そういう裏まであったのか」


「西の王国は連邦共和国と違って王政だから、またその辺りの扱いも違うからね。それに、近年は暗黒大陸のこともあって、ちょっと人口離れが激しくもあるから」


 暗黒大陸。

 耳に馴染みのあるワードが飛び込んでくる。


 確か、この世界の神の中でも例外的な神が幅を利かしている大陸だったはず。

 名前の通り、暴力と争いが絶えない未開の地。


 そこに西の王国がどういう影響を受けているのかはわからない。

 だが――。


「もしかすると、俺たちが元の世界に戻るためのヒントを得られるかもしれない」


「のじゃ」


 加代と視線を交わす。

 この手のやり取りは手慣れたもの。

 というか、もはやツーカーみたいなものである。

 頷きあい、お互いの意思を確認すると、俺は上長に向かって言った。


「そのお話。前向きに検討させてもらいます」


「お、本当かい?」


 あっちの世界では裏のある表現だが、しかし、今回に限って裏はなかった。


 西の王国。

 そこへと向かう運命の悪戯。

 これは、流れに乗っていくべきタイミングだ。

 そう感じた。

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