第535話 結局お家どうするで九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 異世界転移して漫才をするというなかなかマニアックな展開を見せる加代ちゃんたち。

 しかしながら、異世界の文化によりチートが起こることがあっても、シンパーが生まれることは稀である。異世界人には分からない現代ギャグを繰り出したおまぬけ狐たちは、残当――最下位に落ち着くのであった。


「のじゃぁ、異世界人にはわらわたちのギャグは高尚すぎたかのう」


「そうだなぁ。こんなに笑えるのになぁ」


「……なの。お姉ちゃんたち、なんであんなダダ滑りして自信満々なの」


「くるるぅーん」


「郷に入りては郷に従え。どんな所でもその場のニーズを汲み取るのは大事やで。ギャグが滑った責任を客のせいにしとるようでは、まだまだ漫才師としては二流や……」


 まぁ、彼ら漫才師ではないんだけれどね。


◇ ◇ ◇ ◇


 俺たちは負けた。

 敗者復活戦的な漫才大会でも負けた。

 完敗オブ完敗で負けた。異世界で生きていくのがこんなにも難しいことだなんてと、思い知らされる感じで負けた。


「なんでこーなるの」


「のじゃ。参加したはいいけど、参加賞金もなにも無し。武闘大会も漫才大会も赤っ恥だけ掻いて終わったのじゃ。あんまりなのじゃ」


 嘆く俺と加代。

 しかし、本当に嘆きたいのは俺たちではない。


 この寒々しい異世界の空の下、放り出された幼い少女とドラゴンである。

 まったく罪などないというのに、大人たちの都合――しかも限りなく悪質な過失――により住む場所を失ってしまった彼らより、可哀想な子などいるだろうか。


 いいや居ない――とは言えない。

 異世界なので何があるのか分からないという所は確かにある。けれども、今、俺たちの目の届く範囲で、彼女たちほど憐れな存在はなかった。


「なのぉ、お家、無くなっちゃったの。これからどうすればいいのなの」


「ぎゅるるぅ」


 なのちゃんたちを飢えさせるわけにはいかない。

 子供を守るのは大人たちの責任だ。

 俺と加代が、なんとしても、彼らを助けてあげなくてはいけない。


「あかんであかんで、このままやとダイコン売りのおっさんや。ダイコン要りませんか、ダイコンいりませんか。奥さん、これが欲しかったんやろう、って、それでうふふと夢を見るようになって、ワイは路傍のド根性大根になってまうんや」


 既にトリップしている大根太郎も憐れではあるが、どっちかってーとこいつは日ごろの行いが悪いというか、性格が悪いという奴である。

 あまり可哀想な気分にもなれない。

 そもそもいい大人なんだから、自分でなんとかしてくれという気分になった。


 まぁ、自分でなんとかできない超ダイコン生命体ではあったが。

 とはいえ、こいつの世話まで焼いていたら、こっちも気が休まらない。

 切り捨てるのはやむなし。


 ダイコンだけに。


「のじゃ。なのちゃんのために、お家だけは用意してあげたい所なのじゃ」


「ほんとなんとかしなくちゃだな。つっても、受けられる社会的な保障は全部受け切ったし、金はないし、もうどうせえっちゅうのか」


 参った、こいつは参った。

 向こうの世界でもさんざん家計の危機は経験してきたが、ここまでどん底の経験はなかった。加代はあるかもしれないが、俺は少なくともなかった。

 この危機、乗り越えることができるのか――。


 柄にもなく不安なことを思ったその時。


「やっぱり!! やっぱり桜くんじゃないか!!」


「……あれ? 室長さん?」


 ひょこっと観客席から武闘場に降りてきた顔が一つ。

 見覚えのあるその顔は、俺が言った通り、職場でよく顔を合わせる相手。

 俺の職場の偉い人。仕事をいろいろと差配している室長さんであった。


「どうしたのさ、こんな大会なんかに出て。というか、君、そういうキャラじゃないよね」


 なんとなく。

 本当になんとなくだけれど。

 女神たちの書いた筋書きが、ちょろりと見えた。


 そんな気がした。

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