第526話 因縁の対決で九尾なのじゃ
【前回のあらすじ】
異世界の温泉宿で黒騎士と再会する桜くんなのであった。
これは運命かそれとも因縁か。
なんにしても――。
「出会うなら、もっと早く出会いたかった」
「……桜どの?」
家無し無頼の身の上になった彼には、友人との再会を素直に喜ぶことはできないのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「なるほど、キングシロアリを退治しようとして、家を燃やしてしまったか」
「そうなんだよ。まさかこんなことになるとは俺も思っていなくってさ。いささかびっくりというかなんというか」
「ガビーンだな」
「ガビーンだよ。なんなの、家を焼くって、こっちじゃそれほど一般的なの?」
露天の温泉に入りながら、月を仰ぎ見つつシュラトと語らう俺。
日本酒の一杯でもやりたい所だったけれども、残念ながらそういうサービスはやっていない。
しかしながらいい塩梅。
旅で蓄積した疲れが、体から溶け出すようだ。
関節の軟骨が柔らかくなりそうな心地に、俺はふぁぁと間の抜けた声を上げた。
同じく、俺の隣でぷかぷかと、おでんになりつつあるダイコンも声を上げる。
温泉。
やっぱりいいものである。
旅の疲れが癒される。
そして気兼ねのない友人が隣にいるのもまたポイントが高い。
家が燃えた時にはこの世の終わりかと思ったが、人生よく分からないものだ。
とはいえ。
「もっと早くに再会できてたら、お前にキングシロアリ退治を頼んでいたのにな」
「うむ。頼まれていたならば、俺もすぐに駆け付けただろう。家を燃やすような愚も犯さなかったに違いない」
「今日はどうやらいつもより運がついていないらしい」
「まぁそうふてくされるな、桜どの。人生、一日くらいはこういうどうしようもならない日というのがあるものさ」
そう言って俺の背中を叩くシュラト。
大丈夫、なんとかなるさと彼は気軽な感じで俺に言う。
家が燃えてないからお前はそんなことが言えるんだよと、ちょっと毒づいて、それから俺は彼の言葉を受け止めた。
実際、彼が言った通りだ。
こういうどうしようもならない日なんてのが、人生には時たまある。
嘆いても仕方ない。
そういうのを受け止めて、生きていくしかないのだ。
異世界でも、元居た世界でも。
「そうだ、シュラト。よかったら金貸してくれない」
「桜どの。親しき仲にも礼儀ありだ。金銭の貸し借りは友情を破壊する。私は、貴殿との友情を大切にしたいと思っている」
「だよなぁ」
楽な方に流れそうになった俺を笑い顔で窘めるシュラト。
頭が悪いし、人がいいし、お調子者で、ちょっと間が抜けているが、そういう所はしっかりとしている。
ほんと、底抜けにいい奴だなと思った。
こういう奴と友達になるのは、こちらとしても悪い気はしない。
とはいえ、お金を貸してもらえれば、当面の不安は解消される訳で。それを思うと、やっぱり断られてしまったことは、手痛い話には違いない。
「まぁ、職はあるのだから、まずはそこから金を借りることを考えてはどうだ」
「給料の前借か。まぁ、それが一番現実的な話だよなぁ」
「住宅も、たぶん賃貸などを借りればどうにかなるだろう。なに、そんなに心配することはない。別に世界を相手に喧嘩を売っている訳ではないのだ、肩の力を抜いて自然にやれば問題ないさ」
例え方がもっとあっただろう。
だが、シュラトの慰めは心に効いた。
そうだな、そんなに深刻に考えても、仕方のないことだよな。
ここはひとつ彼の言う通り、気楽に構えて少し落ち着いてやってみようかと思ったその時――。
「やれやれ、家を燃やして、今日は煤だらけになってしまったからな。自慢の筋肉が台無しだ。こんな時は温泉に限る」
これまた聞き覚えがある声。
それも、忘れたくても忘れられない、強烈な因縁のある相手。
この場面で出てくるかという、ホットな野郎の声が耳に聞こえてきた。
温泉の湯気に曇る視界。
そこに入ってきたのは股間に立派なロングソードをぶら下げた男。
それすらもマッスル。
マッシブに出来上がった体と棒。
それを揺らしてやってきたのは、俺の家を燃やした張本人。
「むっ、お前は、クレーマー依頼人」
「あん? 誰がクレーマー依頼人だ? あぁん、こら、この埒外冒険者ァ」
名も知らぬマッスルグレート戦士であった。
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