第527話 ここで会ったが百年目で九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 温泉宿にて思いがけず黒騎士シュラトと再会した桜。

 しかし、彼が再会したのは何も黒騎士だけではなかった。


「むっ、お前は、クレーマー依頼人」


「あん? 誰がクレーマー依頼人だ? あぁん、こら、この埒外冒険者ァ」


 桜家を燃やした張本人。

 マッスルグレート戦士とも鉢合わせ。

 はたしてこの邂逅は、彼らに何をもたらすのか――。


◇ ◇ ◇ ◇


 思わず、怒りに湯船から立ち上がる。

 マッスルグレート戦士には及ばない。

 だが、俺もまたロングソードを揺らして相手を睨みつける。

 一触即発の空気が露天風呂に立ち込めた。


 股間の剣で打ち合うことはノーサンキュー。

 だが剣呑な空気は間違いない。


 仕方ないだろう。なんといっても目の前の男は、俺のこの貧乏宿無し生活の根本的な原因となった男なのだ。

 怒りを覚えるなというのが無理な話である。


 しかし、やはり、異世界でタフな冒険を繰り広げてきた男は違う。


 所詮、俺はどこまで行っても雇われ人。

 ぬるい世界で生きてきた男の視線などものともしない。ふんと鼻を鳴らして無視すると彼は、俺たちのいる湯船の中に浸かって来た。


 ぶるり。

 水面に、奴のロングソードが揺れる。


「ふっ、威勢と股間だけは一人前じゃないか。しかし、自宅に湧いたシロアリすら退治できない。あまつさえ、炎の出発たびだちさえできないマンモーニでは話にならん」


「あんだと。旅立つつもりがねえのに、そういう事態にしておいて、お前、そういうことをぬかしやがるか、このヌケ作が」


「この世界にあって、他人の力を頼ろうとするのがそもそも軟弱。男とは、常に、この筋肉一つ、己の身体一つで生き抜くモノ」


 ふんと力こぶを作れば、湯気がパンプアップによって弾ける。


 おのれ、マッスルグレート戦士。

 その筋肉はどうやら本物らしいな。

 間違っても喧嘩を売って勝てる相手ではなさそうだ。


 しかし――。


「お前がここに居るってことは」


「せやで桜やん。こんな偶然、そうそうあることやない。間違いあらへん」


「察しはつくだろう。ふん、お前の思っている通りさ」


 言葉にしないが、俺の問いを肯定するマッスルグレート戦士。

 まぁ、この状況で違う方が話としておかしいだろう。

 いくらトンチキアドベンチャーと言っても、そこまでのトンチキぶりを発揮するとはとても思えない。


 とどのつまり。


「俺も武闘大会に参加する。この宿で顔を合わせるということはそういうことだ」


「……まじかよ」


 この男と剣を交えなくてはならないかもしれない――。

 そういうことだった。


 ある意味ではチャンス。

 しかしながら、このタフガイ相手では、とてもじゃないが勝機はない。

 ほぼほぼピンチ。


 実はちょろっと入賞できるかな。賞金貰える程度の活躍できるんじゃないかな。そんな淡い期待は、見事にこの強力なライバルの登場に頭から霧散した。

 それと同時に、もう一つ――。


「再会を素直に喜んでいたが、シュラト、お前ももしかして」


「あぁ、当然、大会に参加するつもりだ。俺も武芸者なのでな、こういうのには積極的に参加する所存だ」


 まさかのシュラトもライバルという展開。

 おいおい勘弁してくれよと、額にねばっこい汗が流れた。


 まぁ、今さら言うまでもない熱い展開だが――。


「参るぜこいつは、フォックス」

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