第512話 いずれまた会おうで九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 あらためて黒騎士の素質を目の当たりにした桜。

 天然のひとたらし。そして底抜けのお人よし。

 苦労については人並みにしてきたし、人並み以上の苦労をしている狐を近くで見てきたサラリーマン。


 彼はついつい老婆心に、若い騎士に助言をせずにいられないのだった。


「なにもかも背負い込むもんじゃないぞ」


◇ ◇ ◇ ◇


 という訳で。

 無事にカタクリをゲットすることに成功した俺と加代、そしてシュラトとアリエスは、中央連邦共和国首都リィンカーンを後にして、元居た街へと戻って来た。


 結局、往復十日。

 休暇の申請は七日で出していたので、こりゃまたやってしまったの大問題。

 街に着くなり、さっそく職場に顔を出そうとする俺たちに対して、カタクリの根がたっぷりと詰まった袋を手にしてシュラトは声を張り上げた。


「ありがとう、桜どの。貴方のおかげで私は望むモノを得ることができた」


「おう、そりゃどうも」


「いずれまたこの礼はしっかりとさせてもらおう」


 いや礼がもなにもないだろう。

 こっちはきっちりと報酬をいただいているし、彼らに道中を守っても貰った。お互いがお互いに、きっちりと仕事を果たしただけである。


 どちらかがどちらに礼を言うようなことなどない。


 ないのだが、俺はその言葉にあえてのった。


「あぁ。また今度。折を見て酒でも飲もう」


 のじゃぁと加代の奴が驚いた顔をする。

 ダイコン太郎が分かっとるなという感じにその首根っこを折る。

 そしてシュラトが微笑んで、俺と彼らは別れることになった。


 まぁ、こう言っておけば、また会うこともあるだろう。

 なんというか異世界に来て交友関係を築くのはどうかと思っていたのだが、アイツについては例外のように思えたのだから仕方ない。


 彼が何をしているのかは知らない。

 冒険者稼業。しかも、この街を拠点としている訳ではない流れ者である。

 それでも、また、会うことができるのならば――。


「のじゃ。あまり人付き合いのよくない桜にしては、珍しいことを口にしたものよのう」


「さくらやん、すっかり骨抜きやなぁ」


「うっさいほっとけ」


 会いたいものだと思ってしまう。

 冒険者としてしてやれることはないが、人生の先輩としてやれることはしてやりたいと思ってしまう。


 やれやれどうもダイコンの言う通り、俺はシュラトの奴に骨抜きにされてしまったらしい。


 たまらなくむず痒くなって頭をかけば、にょほほと隣で狐が笑った。


 にやにやと俺を見つめる同居狐の顔。

 それも見ていて微笑ましい。

 なんだよとそんな視線にちょっとぶっきらぼうな言葉を返してやる。すると、別にぃと、付き合いの長い彼女は軽い調子で俺の言葉を躱すのだった。


「まぁ、それでこそ、桜なのじゃ」


「それでこそってなんだよ」


「ツンデレや。男のツンデレはなかなかの高ポイントやで、桜やん。つまりや、ワイに対して向けられる辛辣な言動や行動も、全部好意の裏返し――あかん、あかんで、そんなところにワイを突っ込んだら!! ダイコンは抜くもの!! 挿れるもんとちゃ――ぷらぱぁっ!!」


 ふざけたことをいうダイコンタロウを砕いて乱れ切りにする。

 リスポーンするのを待たずに、俺はシュラトたちに背中を向けた。


「さて、イベントも無事にクリアしたことだし、それじゃまたこの世界から元の世界に戻る方法について考えるとしましょうか」


「のじゃのじゃ。まぁ、そうするとするのじゃ」


「なんや完全におつかいイベントやったな。絶対これ、メイン系のクエストやと思ったのに。まぁけど、ええ経験はできた。たぶんなんかの実績解除は出てるはずや」


 だと良いがね。

 右上をちらりと見てみるが、そんな表示は出て来ないし、女神は相変わらずだんまりだ。


 けれども――。


「悪い冒険じゃなかった。異世界に転移した甲斐があったなって冒険だったぜ」


「ただカタクリを貰ってくるだけのお使いイベントだったけどのう」


「せやな。それでもなんか異世界の文化に触れとる、そうい感じやった」


 こんな感じに少しずつ、色々と解きほぐしていけばいいのかもしれない。

 先はまだまだ長くなりそうだけれども、それでも、まぁ、なんとかなるのではないかな。そんなことを思って、俺はうんと伸びをするのだった。


 さて。


「あとはどうやって職場に詫びをいれるかだな」


「のじゃぁ。お土産くらい買ってくるのであった」


「いうて、何がお土産になるか分からんしな。まぁ、えぇんとちゃう」


 異世界に来て初めての解雇クビイベントのチャンス到来か。


 なんて、きっとこれだけ緩い世界なのだ。

 心配しなくても大丈夫だろう。


 そう思いながら、俺と加代はそれぞれの職場に向かうのだった。

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