第511話 黒騎士の器で九尾なのじゃ
【前回のあらすじ】
「この世界にエルフの楽土を築くために、私にはカタクリがどうしても必要なのだ」
黒騎士の決意に目頭が熱くなる桜くん。
激情の男は感情の振れ幅もまた大きいのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
「なんにしても、いきなりいなくなってこっちはびっくりしたんだぞ。せめてアリエスちゃんくらいに事情を説明してから行動してくれ」
「いや、すまない。確かに桜どのの言う通りだ。いささか軽率だった」
子供たちと遊ぶ手を一旦止めて黒騎士が謝る。
礼儀正しいのやら自由奔放なのやら。
なんにしても反省しているのは間違いないらしく、むず痒そうにシュラトは鼻の頭を掻いた。
もちろんそんな表情を見せられたところで、迷惑をかけられたという事実がなくなる訳ではない。
だが、いかんせん毒気は抜かれる。
とりあえず無事が確認できたのでなにより。
俺がほっと息を吐いて表情を緩めると、黒騎士は人懐っこい顔をしてこちらに笑顔を向けてくるのだった。
もう許されたと思っている。
隙の多い黒騎士さまである。
ここまでガバガバな黒色の騎士もそういないよなぁ。ある意味レアと言っちゃレアである。そう有難がるようなことでもないが。
「なんだかんだでアリエスちゃんがお前のことを慕うのが分かった気がするよ」
「……うん? どういう意味だ?」
「そういう所だよ」
放っておけないのだろう。
無自覚ジゴロというか、タラシというか、穢れがなくって見ていられない。
ついつい世話をやいてしまいたくなる。
そういうタイプの人間なのだ。
でなければ、この世全てのエルフを救うなど、恥ずかしく、そして、困難なことを口にすることもないだろう。
なるほどそう腹の中で一度でも思ってしまうと、不思議とこの男に対して抱いていた違和感みたいなものが俺の中で霧散した。
やれやれ――。
「厄介な奴」
「さくらどの。私は何か貴殿の気に障る様なことをしただろうか。だとしたら、申し訳ない」
「いやいや何も。謝ることなんてなーもだよ」
この手の手合いが、周りから祀り上げられて、担ぎ上げられて、世に出ていくんだろう。本人が望むと望まざると、そういう立場に追い込まれていく。
そして本人も、周りからの期待に応えて――。
うぅん。
「シュラト。お前、何歳だ?」
「うむ? 幼い頃の私を知る者がいないので、なんとも分からんが――記憶している限りで三十は越えていないと思う」
「だったら俺が年上だな。よし、んじゃまぁ、年上の親切心からの言葉だ、よくよく聞いておけ」
なにもかも背負い込むもんじゃないぞ。
俺はそう言って少しばかり年下と思われる黒騎士の肩を叩いた。
たぶん言葉の意味も分かっていないのだろう。
そして、まだ、そんなものを背負っていないのだろう。
あるいは背負っている自覚もないのかもしれない。
何を言うのだいきなりと、またむず痒そうに顔をしかめる黒騎士に、これ以上の説教は無粋かなと思って俺は笑って場を濁した。
まぁいい。
いずれその時になれば、分かることもあるだろう。
彼が迷った時に思い出してくれれば、それでいいだけの話だ。
四六時中、俺がこいつの世話をしてやれる訳でもないしな。
まぁ、後はアリエスちゃんたちに伝えておいてやるから。
しっかりと子供たちと楽しんでこい。そう言うと、黒騎士はあぁと頷いて、それからまた子供たちの輪に戻っていく。
その背中を俺とダイコンは静かに見送った。
「桜やん、ちょっとシュラトやんに甘いんとちゃうか」
「甘くねえよ。不要な苦労をして欲しくないだけだ」
いい器だ。
大きいかどうかは分からないが、汚れのない、整った器だ。
だからこそ、些細な事で傷つかないで欲しい。
望むべくは彼の未来がその器に相応しいものであって欲しい。
柄にもなく、俺はそんなことを思ってシュラトの身を案じるのであった。
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