第510話 黒騎士の信念で九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 路地裏エルフに誘われて街の奥へとやって来た桜。

 そこはエルフの隠れ里。人間社会の闇に放り込まれたエルフたちが、逃げるように訪れるような場所であった。


 そしてそんな場所で子供のハーフエルフたちと楽しそうに戯れる黒騎士。

 彼のそんな姿に、いつもは毒舌家な桜も、今回ばかりは何も言えずに喉の奥に言葉が滑り落ちてしまうのであった。


◇ ◇ ◇ ◇


「なんだ来ていたのか桜どの。それと謎のダイコンXどの」


 なんだじゃないよと言ってやりたかったが、そんなことを言う気も削がれた。

 俺の登場に屈託のない笑顔を向けたシュラト。その顔があまりにも邪心がなくて嫌味が口を吐くこともなかったのだ。


 ただ、疑問は口を吐く。


「お前、どうしてこんな所に」


「お前もあれか、ロリでダイコンなワイと同じ感じの業を抱えてるんか」


「ロリでダイコン?」


 どういう意味だという感じに頭を傾げるシュラト。

 うむ、この反応。どうやらその気はないらしい。その気がある人間は、ただでさえこういう話題にナイーブである。


 冗談でも口にしようものなら即否定するものだ。


 いやけど、何か前にオニーチャンスキーとかなんとか言っていたような。


 オープンで恥のないロリなのか。

 自信のある誇り高いロリの血統なのだろうか。


 なんとも判別のつかない感じに少し悶々とする。

 そんな俺をさておいて、なんでってと呟くなりにシュラトはなんだかなんでもない感じで高笑いをはじめたのだった。


 笑いが収まってなお、その笑顔は続く。

 ただ不思議とやはり癪に障る感じはなかった。


「いやはやそうだろうな。確かに私がこんな所で何をしているのか、説明しなければ分からないのが普通だろう」


「そうだよ。せめてなんか説明してから姿を消せよ、心配しただろう」


「すまない」


「アリエスちゃんにも何も言わずに姿を消してさ」


「……アリエスには辛い思いをさせるだけかと思ってな。しかし、いつもはもう少し根回しをするんだが。すまん、いささか突然だったものでそれもできなかった」


 すまないと頭を下げるシュラト。

 自分がしたことを反省はしているらしい。

 しかし、後悔はしていないのだろう。その顔つきには変な自信があった。


 彼の口から説明の言葉を待つ。

 何から話せばいいのか。そんな枕詞を皮切りに、シュラトは自分のこの行動について語り始めたのだった――。


「アリエスから話は聞いているだろうが、私はエルフ趣味を嗜んでいる。そして同時にこの世界に蔓延っているエルフに対する差別と偏見に対して抗おうとしている者だ」


「……エルフに対する差別と偏見」


「なんや、シュラトやんそういう活動家やってんか」


「そういうことだ。もちろんこの大陸だけのことではない。この世界には、エルフを粗略に扱う者たちが多すぎる。そういう者たちの手からどのような手段を使っても構わない、彼らを救い出そう、出したいと私は心から思っているのだ」


 信念がその顔には変わらずに満ちている。

 男の表情をした彼は更に続ける。


「今回のカタクリの採集に関してもそうだ。この世界にエルフの楽土を築くために、私にはカタクリがどうしても必要なのだ」


「……シュラト」


「とぼけた感じで熱い奴やったんやな、シュラトやん。うっ、なんやろ。おろしてもおらんのに体から大根汁が……」


 ダイコンの感動の仕方については置いておくとして、この男のやろうとしていることは文句のつけようがないほどに立派だ。

 元居た世界ではすっかりと失われてしまった人権活動家。

 人の尊厳を守ろうという心意気。


 そんな物を持ち合わせた黒騎士を、俺は愚かとは思えない。ファンタジーらしくない、ファンタジーらしくないと言い続けてきたこの世界において、初めて俺はシュラトの心意気に感銘を受けたのだった。


 ふっとその頬に涙が流れるほどに。


「……んだよお前。熱い男なんじゃねえか」


「桜どの? どうされた、何故、泣いておられるのですか?」


 違うよ。ダイコン汁だよ。

 あるいはちょっと大根をおろしてみたら、予想以上に辛かったんだよ。泣いているんじゃない。そんな人情深い人間じゃないっての、俺はさ。


 ちくしょう、やってくれるじゃないかよフォックス。

 この不意打ちは卑怯だよ……。


「桜やん、君もあれやな、不器用なやっちゃな」


「……うっさい。ほっとけ」


「泣きたいときには素直に泣くんも人間の強さいう奴やで。けど、そういう不器用さもワイは嫌いやないで」


 ダイコンに慰められてもうれしくないってえの。

 そんな軽口も少し叩けないくらいに俺は湧いてくる感情に蓋をすることに神経を注ぐことしかできなかった。

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