第509話 路地裏エルフで九尾なのじゃ
【前回のあらすじ】
異世界の夜の世界に足を突っ込んだ桜と大根太郎。
しかし、そのあまりのシリアスさに、これまでのおとぼけファンタジーなノリを忘れて、マジな顔になるのだった。
そんな彼らの前に突如として現れた路地裏エルフ。
手招きする彼女の誘いに乗って桜たちは歩み出す。
果たして、彼らを待っているのはなんなのか――。
◇ ◇ ◇ ◇
そのエルフは体をほぼほぼ包み隠すようなローブを身に纏っていた。
フードが付いた茶けた色味のそれには男と女の饐えた匂いが染み付いてる。
彼女が被っているそれの使い道についてどうこう言う必要なんてないだろう。それはいくら知識が乏しい俺でも察することができるものだった。
フードの下にはしっかりとした服を着ている。
それだけがなんだか妙に不釣り合いだ。肉体はまさしく豊満。しかしながら煽情的な感じはしない。しかし、目には確かに光がなかった。
「人をお探しですか」
エルフをとも娘をとも言わない。
あきらかに何かを知っている感じの口ぶりである。
俺と大根は顔を見合わせるまでもなくその問いかけに頷いて返す。
すると、エルフの女は緩慢に頬の端を吊り上げて、それから大仰な身振りで路地裏の奥に手を向けた。
どうぞこちらでございます。
言葉にしてはいないが身振りでそんな言葉が伝わってくる。
どうするもこうするもない。
ここで今更芋を引いて、後ろにさがる程度の覚悟なら、俺はこの女エルフに声をかけることなどしなかっただろう。
俺は女エルフに誘われるまま、その路地裏へと足を踏み入れた。
「……勇気のある方なのですね」
「まぁ、同居人が厄介ごとを毎度呼び込んでくれるのでね。それに、キレっぷりにはこれでも自信があるんだ」
「桜やん、それ、なんも自慢になってへんで。けど、そういう男らしいところ、ワイは好きやで」
お前に言われてもちっとも嬉しくないよとダイコンに返す。
そんな俺たちのやり取りを、笑うでもなく、不可思議に首を傾げるでもなく、ただありのままに受け止める女エルフ。主体性のまったく感じられないその素振りに、彼女がこれまでどんな人生を歩んできたのかが透けて見えた。
無駄な世間話をするよりも、直截に聞いた方がいいだろう。
「シュラトって男を探している。髪の長い黒い鎧を着た男だ」
「はい」
「その素振り、知っている感じだな」
「もちろんです。彼は私たちにとってとても大切なゲストですから」
それが本来の意味であるようにはとても思えない。
シュラトの人となりはこれでもかというほど思い知らされている。
とてもではないが、女エルフたちに自分の情欲をぶつけるような、そんな下卑た嗜好を持っているような男ではない。間抜けで頭が悪く、運もないが、自分の信念をしっかりと持っている男には違いないのだ。
そんな男が、彼女らの下を訪れる理由とはなんだ。
大切なゲストという言葉はなんだ。
徐々に人間たちの喧騒から離れていく路地裏。
街の奥――カタクリの生えていた森とは別の、鬱蒼として陰気な感じのする森へとそれは繋がっている。
陽の光さえ届かなくなる深い森。
その中へと案内された俺と大根太郎は、木漏れ日の中で子供たちと戯れる黒い騎士の姿に目を瞬かせた。
肌の色、髪の色、背丈、どれもこれもあべこべだ。
しかしながら皆、耳の先が尖っているのだけは共通している。
男も女もないそんな彼らと手を取って遊ぶ黒騎士の姿は、なんだか一種の神々しささえも感じさせるものだった。
「おじちゃん、ほら、こっちだよこっち」
「見て見ておじちゃん。お花で冠を造ったのよ」
「ふがー、ふがー!!」
「おいおい勘弁してくれ。私の身体は一つしかないんだ。どれ、順番にだ、順番に」
子供たちの求めに応じて手を伸ばす黒髪の騎士。
その笑顔はこのろくに日も当たらない森の中にあっても眩しい。
どちらがゲストなのか分からない、そんな感じのシュラトの姿を見せつけられて俺は、どうしようもなくむず痒い気分になるのだった。
どうして彼はこんなことをしているのか。
ここはいったいなんなのか。
「よく、遊びに来てくださるんです。子供たちにも服などを与えてくれて。私たちのような者たちにも優しい。もちろん、彼のことを偽善者という者も多いですが――私はそうは思いません」
「……ここはいったいどういう所なんだ」
女エルフに問う。
銀色の髪をした妖艶な彼女は、はじめて感情をその顔の上に現して、悲し気に一度うつむいたのだった。まるでなんだかとてもそれを口にするのが、申し訳なくて仕方がないような、そんな素振りで――。
「ここはエルフの隠れ里。私たちのような人間社会の闇に放り込まれたエルフたちが、逃れるように辿り着いた場所です」
「エルフの隠れ里」
「……なんや、そういうゲームをやり慣れてきたワイでも、ちょっとウッてなるような内容やな。ほんと、この世界、なんやバランスがおかしくなってへんか?」
言うなダイコン。
そう思っても、叩き砕いてやる気もおきない、それは残酷な現実であった。
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