第490話 神々の謀略で九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 恐怖!! 下世話な恋愛脳バカップル!!

 あきらかに初心な感じのピュアピュアダークエルフに、彼らの魔手が伸びる!!

 はたして彼らの手によりダークエルフの秘めたる思いが明らかにされるかと思ったその時――。


「こにゃにゃちわーのこんにゃんわんなのだー」


 謎の赤い頭巾を被った子供がその場に現れたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 それは不思議な子供だった。

 男なのか女なのか、どうにもはっきりとしない。

 更に言えば、見かけに反して声があきらかに渋い――まるで深酒をした後のだみ声のような――二律背反した感じを匂わせる子供だった。


 どうしてこんな所に子供がと、俺と加代、そしてアリエスさんが首を傾げる。

 その前で。


「むむっ!! なんたるロリ力!! 間違いない!! これはボーイッシュ系女子!! たまらんずび!! お嬢ちゃん、僕とお友達になろうや!!」


 相変わらず空気を読まず大根太郎が好き勝手なことをやる。

 やめんかいアホと急いで歩きダイコンを叩きのめして暴挙を止めたが――。


 まるでそんなことも気にしないように、赤い頭巾の子供はふんふんふーんと鼻歌を奏でていた。なんだろうそのメロディに、俺はどこか聞き覚えがある。

 そして、どことなく彼女の存在感に、妙な安定感というか、安心感みたいなものを感じずにはいられないのだった。


「ふーん。オッサムさんが異世界から人を召喚したとは聞いていたけれど、まさかのサラリーマンと狐娘か。なんとも業が深くって、あの方の選らしいや」


「のじゃ、なんのことを言っているのじゃ?」


「なんでもないのだー。気にしなくていいのだー。これでいいのだー」


 そう言われると唐突に、それでいいのかという気分になってくる。

 どうでもいいというかばかばかしいというかそういう気持ちで心が満たされる。

 何故だろう、子供が発する言葉には、妙な言霊が宿っているように感じられた。


 調子がいいというか、適当というか、なんというか。

 なんなんだろうねこの子と困惑した眼差しを向けると、子供は能面のような動きを感じさせない張り付いた笑顔をこちらに向けた。


「……えっと、アリエスちゃんの知り合いなのじゃ?」


「いえ、知らない子ですね」


「こんな荒野に子供が一人。ちょっとおかしくねぇ」


「アカン奴!! アカン奴やで!! 保護せなアカン!! 冒険者として、いい大人として、荒野ではぐれた子供を保護するのは大人の義務いう奴やで!! という訳で、もう一回!! お嬢ちゃん、ワイは怖くないロリ根もといダイコンや――ぽぷぴ!!」


 女の子かどうか分かりもしないのに突撃するロリコンを地に沈めて黙らせる。

 言っていることは正しいが――どうにも胡散臭い。


 いや、大根太郎ではなく、突然現れたこの子供がだ。


「のじゃ。なんていうか、人ならざる者っぽい気配を感じるのじゃ」


「人ならざる者?」


「のじゃ。魑魅魍魎の類とはまた違う奴なのじゃ。どちらかというと神仏に近い感じの奴なのじゃ」


 神仏という言葉に顔を強張らせたのはアリエスちゃんだ。

 ぎょっと目を剥いたかと思うと、彼女は魔法使いの鉄板装備である杖の先を子供の方に向けた。


 おいおい、ちょっと幾ら怪しいからっていきなりすぎるんじゃないの。

 そう思う俺たちの前で。


「だめだめダメなのだ。幾らギャグだからって、エログロリョナ表現は、ちゃんと計算して使わないといけないのだ。まだまだその塩梅があまいのだ」


「……うえっ?」


 杖を向けていた先の子供の姿がいきなり消える。

 次いで、気が付くとその姿は――アリエスちゃんの背中に回り込んでいる。


 その手には、ファンタジーにはなじみのないアイテム。

 黒鉄が夕日に輝くリボルバー式の拳銃。

 シリンダーの中には真鍮の球が六つ装填されていた。


 その引き金に手をかけて能面のような笑顔を相変わらず浮かべる子供。よせと口を言葉吐くより早く、彼は――その引き金を引いた。


 響く銃声。

 炸裂音。

 そして――。


 銃身から飛び出したのは――鉛ではなく。


「冗談なのだ。そう、こういう風に、冗談はやらなくちゃいけないのだ。一発目は空砲にするのがセオリーなのだ」


 造花であった。


 荒野に突然と現れた謎の子供。

 冒険者ではないので彼がどれほどの使い手かは分からないが――。


「……嘘、でしょ?」


 アリエスちゃんが青い顔をするあたり、彼女を上回る力を持った存在であるのは間違いなさそうだった。


「心配しなくても、吾輩はトリックスターなのだ。この世界に対して大きな権能を持ち合わせていないのだ。だから、どっちの側にもつく気はないのだ。中立なのだ。だから安心するのだ」 


 何を安心すればいいのか分からない。

 だが、どうやらとんでもないものと、俺たちは遭遇してしまった。


 それだけは間違いない。

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