第489話 赤ずきんさんで九尾なのじゃ
順調とは言え人間の足で移動できる距離はたかだか知れている。
冒険慣れしているシュラトとアリエスはともかく、俺と加代は異世界から転移してきたもやし現代人である。そもそも歩く速度が遅い。
という訳で。
「……すまん、シュラト。今日はもう限界だ。足が棒の様だ」
「桜どの。いささか鍛え方が足りないのではないか。まだ半日分の移動もしていないというのに」
「のじゃぁ、こっちも、限界なのじゃぁ。申し訳ないのじゃ」
「……シュラトさま。二人とも、本当に限界のようです」
安全な旅には間違いなかった。
だが、少しばかりその移動速度には問題が出た。
日が暮れて歩くのが危険になるより前に、俺と加代の体力が底をついたのだ。
デスクワーカーの俺はともかく加代がへばるのは珍しい。
やはり異世界、勝手が違う――。
というよりも、冒険者たちが異様にタフすぎるのだ。
斬った張った、モンスターとやりあっているだけはある。彼らについていくのは一筋縄ではいかず、結局、牛歩の移動となってしまったのだった。
まぁ、こればっかりは仕方ない。
はぁとなんだか責めるような視線と表情で俺にため息を浴びせるシュラト。そんな顔をされても、動けないモノは動けないのだから困ると、俺が睨み返すと、彼は仕方ないという感じでかぶりを振った。
「野営の準備をしよう。アリエス。すまないが、陣営構築を。私は近くの雑木林にでも入って燃える木々を集めてくる」
「はっ」
言うが早いかキャンプの準備を始めるシュラトたち。
一応、雇い主ということもあってか、それとも街住みの一般人ということを考慮してか、その辺りは素直に俺たちの言うことを聞いてくれる。
おんぶにだっこなのが申し訳ないくらいに、彼らは俺と加代の要望に素直に従ってくれたのだった。
まぁ、この調子がいったいいつまで続くのかは分からないが。
そそくさと場を離れるシュラト。
魔法を使って、てきぱきと野営地を構築していくアリエス。
いかにもキャンプ地という感じに、焚火をするようなスペースが出来上がり、土で盛り上がった屋根付きの寝床が出来上がると、俺と加代はおぉと声を漏らした。
流石はファンタジーだなぁ。
「すごいですねアリエスさん」
「……別に、このくらい魔法使いとしては普通の事です」
「のじゃぁ、けどこれならどこに出かけても安心安全快適なのじゃ。冒険慣れしておらんとこういうことはできんだろうのう」
「冒険慣れしている者は普通にテントを使います。どちらかというと、冒険者慣れしていないから魔法で寝床をこしらえるんです」
といいつつ、俺たちから顔を逸らしてテレテレと頬を掻く褐色エルフ。
うん。
なんかグラマラスな体躯に反して、この人けっこう可愛らしい性格しているぞ。
あのシュラトと同じで、どこか天然の匂いを感じる。
そして、だからこそなんかこう、上手く行っていない感じも。
シュラトはいない。
気配もない。
俺と加代は顔を見合わせる。
お互いの顔に、ちょっとだけ老婆心を疼かせているのを確認すると、俺たちは再びアリエスの方を向いた。
顔から俺たちの思惑が伝わったのだろう。
アリエスがぎょっとした顔をする。
「で、アリエスちゃんは、シュラトくんとはどういう関係なの」
「のじゃのじゃ。ちょっとお姉ちゃんに相談してみるのじゃ。見たところ、まだまだ清い関係と見えるがのう。大胆な格好をしておいて、なかなかお主もおくゆかしそうだし」
「えっ、あっ、いや、そんな、ちょっと……」
「ほれほれ、依頼主だよ僕たちは」
「依頼主の要望に応えるのは、雇われ人の義務なのじゃ」
困りますと焦って顔を隠すアリエス。
もうこんなん半分言うてるようなもんやろ。
やだもうと、ダークエルフなのに顔を真っ赤にする初心な彼女に、俺と加代はますます悪い顔をして質問を浴びせずにはいられなくなるのだった。
人の恋路を邪魔する奴はなんとやらとはよく言うが、それくらいに、人の恋路が気になってしまうのも人である。
俺たちは容赦なく、奥ゆかしいダークエルフのお嬢ちゃんに、下世話な質問を浴びせかけた。
人の色恋をいじくるの、たのしーい。
「なんやて桜やん!! そんな、二人がそういう仲なわけあらへんやろ!! なぁ、アリエスちゃん!! あんななすび男より、ワイのようなすらっとした大根の方が好きなんやろ!! 奥さん、これが欲しかったんやろ!!」
「えぇい、ややこしくなるからお前は喋るな、アホダイコン」
「のじゃのじゃ!! いい所なのじゃ、邪魔しちゃダメなのじゃ!! それ、観念するのじゃアリエスちゃん!! 大丈夫、お姉ちゃんたちは恋する女の子の味方なのじゃ!!」
「そーだそーだ。いっちゃえいっちゃえなのだー」
聞きなれない声がする。
うん、と、俺と加代とアリエスちゃんが、急に真顔に戻る。
作り上げられた焚火場の前。
まだ木々のくべられていないその前に、スタンバイして陣取っているのは赤い頭巾を被った子供。頬にぐるりと鳴門のような模様を付けたその子は、こっちを見ずにさも当然という感じにそこに座っていた。
「……誰?」
「……なのじゃ?」
「こにゃにゃちわーのこんにゃんわんなのだー」
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