第460話 待つことも大事で九尾なのじゃ

 さて。

 家に帰るとそこには、花いっぱいになった畑の姿が――。


 とは、ならない。


 何故か、それは、この異世界にはスキップ機能がなかったからだ。

 ボタンを押下すれば、ぴょんと時間が跳躍し、農作物が出来上がる。なんていう一昔前のゲームのようには話が進まない。


「なの!! 見て見てなの!! 桜お兄ちゃん!! いっぱいいっぱい、お花の苗を植えたの!! 綺麗に畑ができたの!!」


「くるるぅん!!」


「のじゃぁ……なのちゃん、元気過ぎて、ちょっとこっちも疲れたのじゃぁ」


 おつかれ加代さんと声をかける。

 はい、この通り。


 家に帰って俺を待っていたのは、大量の花ではなく、圧倒的な現実だった。

 なるほどこの異世界思った以上にシビアでもないが、思った以上にフレンドリーでもない。またぞろどこに需要があるのか、中途半端にリアルな感じだ。


 脂汗が俺の背筋を走った。

 はぁまったくというもんである。


「私が、オリジナル、唯一ダイコン、大根太郎である」


「ならば私が、二番目に産まれた、新しい大根太郎――大根次郎である」


「大根三郎。謹んでその名を拝命いたす」


「大根アマゾン!!」


「大根太郎RX!!」


 増えるのは大根太郎ばかりである。

 リスポーンしたのか、それとも本当に育っちまったのか、よく分からないが。五体の大根太郎たちが喧しくなにやら言っている。


 面倒くさいし煩いので、全部鍬で叩き潰してやると、結局最初の一本、大根太郎に彼らは統合された。


「恐ろしい感覚を味わったぜ。まるで、自分が五等分されたような、そんな心地だった。何を言っているのかわからねえが、とんでもねぇこの世界の底意地の悪さというか、不条理感を俺は味わったぜ」


 はいはい。大根太郎大根太郎。

 なんか言ってる彼を放っておいて、どうやらこの副業、とんとん拍子に事が進むわけではなさそうだなと、俺はため息を吐き出した。


 加代と顔を突き合わせれば、また、自然にため息が口を吐く。

 なのと、なのちゃんが首を傾げたのであわてて誤魔化したが、正直ちょっとがっくりと来たのは事実だった。


「まぁ、ここまでがとんとん拍子だったというか」


「上手く行きすぎだったというか」


「のじゃ。気長に花が育つのを待つのじゃ。なに、心配しなくても、時間はたっぷりあるのじゃから。ゆるゆるとやるのじゃ、ゆるゆると」


 時間がたっぷりあるというより、どうやって元の世界に帰ればいいのか分からないのだが。まぁ、確かに転移前よりは、時間に都合はつくようになった。

 そんなに焦らず気長にやるか。


 当面、特にこれと言って、気にしなくてはいけないこともないのだし。


「と、油断していた桜やんは、うかれから黒塗りの馬車に激突してしまう。馬車の運転手から申しだされた、養子縁組の話とは。石仮〇の謎とは」


「大根太郎と俺の釣竿って相性よさそうだよな絵面的に。なぁ、マンモーニ?」


 やめてと言ったときには、もう、すでにやっている。

 俺は大根太郎を釣竿の針で釣り上げると、ビーチ・〇ーイよろしく庭に向かって投げつけたのだった。


 ほんと、非現実なのはお前だけかよ。

 リアル志向のクソゲーなんて勘弁してくれ、とほほ。

 もっと楽な異世界に転移したかったぜ。

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