第459話 鮭豊作で九尾なのじゃ
【前回のあらすじ】
畑を耕し、釣竿を買う。
九尾と行く異世界スローライフ0円生活の幕が上がる。
上がる。
上がった。
はずだった――。
「はーい、ざっくざっく!!」
「おほー、桜やん!! ワイ、ワイが居るやないか!! そんな渾身の一撃で、鍬振り下ろすとか勘弁してや!! ちょっと、たんまたんま!!」
大根おろしならぬ大根叩きに精を出す桜くん。
異世界に来てまで、変な奴に絡まれるのは人徳というか運がないというか。
なんにしても、やっぱり異世界でも彼は彼なのであった。
「のじゃ桜よ!! 真面目にやらんか!!」
「……はぁーい」
「もっと気合を入れて、一撃で仕留めるのじゃ!!」
「ちょっと加代はん!? そっちかいな!! 止めてお願い、かけがえのない命!! 大根も立派な、地球のなか――ブリティッシュ!!」
◇ ◇ ◇ ◇
「なの!! できたなの!!」
「きゅるるぅん!!」
「のじゃぁ。久しぶりに九尾フル回転。全力で畑仕事したのじゃ」
畑は加代となのちゃん、そしてドラコの働きにより、見事に出来上がった。
その仕上がりは実に素晴らしいもので、これって普通にベランダで家庭菜園してたら、食費浮かせられたんじゃないのとか、そういうことを思ってしまった。
まぁそんなんやらかした日には、管理組合の事務員がやって来て、なにやってんだアンタ、今すぐアパートから出ていけとなる。
とてもじゃないが無理なんだけれど。
それでもまぁ、機械も使っていないのに平行に伸びる畝に、よくかき混ぜられた赤土の畑は大したもんだ。いい仕事だろう。ここに植えたらどんな植物だってすくすくと育ってくれそうな、そんな感じが素人目にもした。
「なの!! さっそくお花の苗を植えるなの!!」
「のじゃのじゃ。なのちゃん、そんなに焦らずじっくりやるのじゃ。苗も、大根も、たっぷりあるのじゃから」
畑の脇に置かれている、木製のケースに並べられた苗たち。
そして、リスポーンせぬよう生き締めされて、輪切りになった大根太郎。
なんともスローライフな異世界生活に似合うその光景を眺めながら、うんうんと俺は頷いた。
わくわくといてもたってもいられないという感じに肩を揺らすなのちゃん。
いやぁ、こんな幼女と暮らせるのだから、異世界転移した甲斐があるよね。
転移してよかったわ。
「タスケテェ……タスケテェ……こんな、ジョ〇ョ五部の暗殺チームみたいなのって、あんまりだよォ……タスケテェ……リスポーンさせてェ……」
「さ、それじゃ畑の方はひと段落したし、俺は釣りバカ日〇でもしてくるかな」
「のじゃ、頑張ってくるのじゃ桜!! 釣果を期待しておるぞ!!」
「なの!! 桜お兄ちゃん!! いっぱいお魚釣って来てなの!! 小魚は畑の肥料になるのなの!!」
「きゅるるん!!」
わぁ、異世界人の方に、農業教わるなんて斬新。
チート知識の挟む余地のない、完璧なスローライフぶりに、微笑みながら、俺は竿を手にして愛しの我が家を後にするのだった。
そういう風に期待されたら――頑張らなくっちゃな。
よっしゃ、釣りなんていつぶりか分からないけれど頑張っちゃいますよ。
「ちょっと桜やん!! 冗談は顔だけにしてや!! 堪忍、堪忍やでぇ!!」
歩きダイコンの悲痛な助けを求める声は、聞こえたけれど聞こえなかった。
うん、誰の顔が冗談だってぇの。
冗談はてめぇの割れた股割きだろうが、この歩きスケベダイコン。
フォックス。
俺は笑顔で加代となのちゃんに手を振ると、川――というか街にある用水路に向かって歩き出したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「……まったく釣れねぇ」
釣り人を太公望とはよく言うが、彼は最後に周の祖である文王を釣った。
なんのかんのでちゃっかりと、目的のモノを吊り上げたのだから、彼はやはり偉大だ。対して、なんの釣果も得られないのだから、俺は〇ーさんもいい所である。
俺ってこんなに釣りが下手だったっけと、竿を引いて糸を手繰る。
針の先にはミミズがついていたが、水に濡れてぶよぶよと大きくなったそれは、今はもう力なく生気もなく一直線にしなだれていた。
日は西の果てに落ちようとしている。
本日の釣果――ゼロ。
「ミニゲームだって、靴くらいひっかかりそうなもんだけれどなぁ」
順調に思われた異世界スローライフ。
しかしながら、準備ばかりはすんなりと上手く行ったが、それ以降はどうやら意外とシビアな展開らしい。
そらそうかと、何の達成感も得られない、むしろ虚しさを噛み締めながら俺は針の先からミミズを外すと、川面に背を向けてしゅんとした顔をした。
まぁ、気長にやりますか。
なんていうか、今回のネタも気長なことになりそうな感じがするし――。
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