第441話 異世界賃貸で九尾なのじゃ

 何がまったく心配いらないのか。

 おばさんの言葉の意味が分からず聞き返した俺たち。そんな俺たちに宿屋のおばさんが教えてくれたのは――なんとも異世界ファンタジーらしい、そして、なんだかとてもせちがらい情報だった。


「この街は今空き家が多くて困っててね。結構安くで貸し出してくれるんだ。それだけじゃない。管理ができなくなった空き家は、街で引き取っていてね。まぁ、無償で住みたいって奴に貸し出しているんだよ」


「のじゃ」


「マジか。え、けど、それじゃ宿屋の意味がないんじゃない?」


「あっはっは。そうそう、そうなるからもちろん街側の審査も厳しい。商業ギルドから紹介された仕事を持っていて、なおかつ家屋に定住してくれそうな人にしか貸し出さない。根無し草で、街に居つかない冒険者なんかには間違っても許可を出さないよ。だから、この街で暮らすっていうのなら、そういう選択肢もありさ」


 なるほど。

 転移元の世界でも、空き家問題にはさんざん手を焼いていたが、こちらの世界でもいろいろと考えているのだな。


 そして、冒険者の寝床としていいように使われないよう、ちゃんと考えてある辺りが、なんともしたたかだった。

 こと、行政手腕については、異世界の方が進んでいるのではないか。

 思わず、宿屋のおかみさんの発言に、うぅんと納得する自分がいた。


 なんにしても――。


「のじゃ!! それならすぐにでも、街に空き家を紹介してもらいに行くのじゃ!!」


「タダで寝床が手に入る!! だったら、乗るしかないな、このビックウェーブに!!」


 仕事が決まった時も思ったが、意外とちょろいぞ異世界転移生活。

 冒険することさえ諦めれば、意外とこっちの世界で生活することはなんとかなるのかもしれない。そんなことを思いながら、俺と加代は宿屋のおかみさんに背を向けて、街の役場へと駆けだしたのだった。


 もっとも、その背後で――。


「あぁ、けど、ちょっと厄介なことがあってねぇ――」


 なんてことを言っているのを、俺たちはすっかりと聞き逃したが。


◇ ◇ ◇ ◇


「はい、こちらが築三十年モノ。平屋建て3LDKの公共物件になります」


「……のじゃ。大きいのじゃ」


「……いや、大きいとか、古いとか、立派とか、そういう前に」


 街の職員さんに付き添われて案内された建物。

 無料で貸し出してくれる物件の中で、一番敷地面積が大きいものを頼むと言ったところ、連れて来られたその場所は――街の中にあるにはあるのだが。

 なんというか、家ではなかった。


 蔦がびっしりと生い茂った外壁。

 ところどころ崩れ落ちた壁の隙間から、くきききとうめき声が聞こえてくる。

 庭にはスライムが歩き回り、コカトリスのゾンビだろうか、骨だけになった鳥が徘徊しては、くけここくけここと呻いていた。


 うぅん――。

 格安というか無料なのも納得。


「このダンジョン――いえ、空き家を無事に攻略――もとい掃除してくれたら、自由に住んで貰って構いませんよ!!」


「「ここでファンタジーらしい展開になるんかーい!!」のじゃぁ!!」


 思わず、俺と加代が声を合わせてツッコむ。

 よもやこのような展開になるとは、露ほどにも思っていなかった。どころか、斜め上のダンジョンリフォームビフォーアフターに、俺たちはただただ狼狽えた。


「そりゃ、タダで住めるはずだよ!!」


「のじゃ!! ほんとこっちの行政はしっかりしておるのじゃ!!」


「嫌なら、普通に賃貸をお借りすればいいかと……」


 こっちの事情が分かっていて、ゲス顔を向ける街の職員さん。

 やりますよ、やりゃぁ良いんでしょと、キレ気味に俺と加代は彼に返した。

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