第406話 激安弁当で九尾なのじゃ

 うちの会社では仕出し弁当が出ている。

 340円でおかずとごはんとスープ付き。スープは日替わりで、赤みそ、白みそ、合わせみその味噌汁から、春雨スープにボルシチと色々出てくる。


 値段の割にはいろんな味が楽しめるので、個人的には気に入ってたりする。

 とはいえ貧乏金なし同居生活の身である。切り詰められるものは切り詰めたい。面倒くさいからと仕出し弁当にしているが、これ、弁当にしたらもっとやすくなるんじゃねえとは、ちょっと前から思っていた。


「少し早く起きて、弁当作るか」


「のじゃ。それより、おいなりさんをタッパーに詰めれば安上がりなのじゃ」


「やだよ!! もう、朝と夜だけでもおいなりさん地獄で苦痛なのに!! 昼までおいなりさんとかかんべんしてくりゃれ!!」


「のじゃぁ……」


 三食おいなりさんでも問題ないオキツネさまには申し訳ないが、こちとら人間だ。さすがに、三食あぶりゃーげという生活は、精神衛生上よろしくなかった。


 貧乏だからって、せめて一日一食くらいはあぶりゃーげ以外のものを食べたい。

 そう思うのは贅沢なことでしょうか。


 いやきっと贅沢ではない。当たり前のことなのだ。


「そういう訳なので。どうにかならねえかなと思ってるんだが、なんかいい案ないかな、加代さんや?」


「のじゃぁ。毎朝早起きして作る必要まではないと思うのじゃ。あれなのじゃ。休日に作り置きして、冷凍しておくとかそういうのでいいと思うのじゃ」


「なるほど冷凍。その手があったか」


「のじゃしかし、貴重な休日をそこまでして使いたいかえ?」


 うーん。

 そう言われると答えに困ってしまう。


 完全週休二日制。

 土日が休めるのはうちの会社の最大の売りでございます。ホワイトという触れ込みであったが、それも最近なんだかちょっと怪しくなってきた昨今、土日くらいはしっかりと休みたいというのが本音ではある。


 金曜日の夜、はっするした疲れも残っていることだ――げふんげふん。

 とにかく。


「確かに、休日潰してまで弁当作る気にはなれねぇなぁ」


「であろう?」


「となると、料理するってのは基本的にナシか」


「あるいは冷凍食品を詰めるというのも一つの手ではあるが」


 栄養が偏りそうな気がしてならない。せめて、もうちょっと、何か一品手ずから作った料理でもあれば話は別だが、冷凍食品のオンパレードはちょっと不安だ。

 いやまぁ、曲がりなりにも衛生基準をクリアして売られているものだ、問題はないのだろうけれども。こう、栄養のバランスがどうしてもね。茶色いばかりのお弁当っていうのは、見ていてこっちも気持ちがいいものじゃないじゃない。


 うぅん、どうしたものかな、と、俺はかぶりを振った。


「どこかに、もっと安い弁当屋があればいいんだよなぁ……」


「のじゃ、激安弁当なのじゃ」


「そう、激安弁当。もうちょっと安い弁当屋とかないかね」


 すると加代さんにゅっと眉間に皺を寄せた。

 なんだい、その顔。


「桜よ。仮に、仮にの話じゃぞ。もし、三百円を下回る弁当があったとしよう」


「え、あ、うん?」


「それはつまり、スーパーの半額になったお勤め品よりも安いお弁当ということじゃのう」


「……そうだな」


「そんなお弁当、どういうコストダウンをすれば作ることができるのか。考えてみると怖くないかえ?」


 確かに。

 いや、うん、確かに言われてみると怖い。

 なんの肉使ってるんだとか、なんの野菜つかってるんだとか、そういうことをついつい考えてしまうのは、きっと俺だけではないはずだ。


 いや、きっと、まともな材料を使っているに違いない。

 そこはきっと間違いないだろう。


 この衛生管理にことさらうるさい日本である。そこで、わざわざやり玉に挙げられるようなそんなものは作ることはないだろう。

 となると、パッケージやら、配送方法やら。

 そういうところにしわ寄せが行っているのだs。

 それはそれでなんというか、気の毒というか、申し訳ないというか。


 俺は思わず黙り込んでしまった。


「のじゃ、安いのに越したことはないが、安すぎるのも考え物なのじゃ」


「なるほど」


「お弁当も料理も適正価格。過ぎたるは及ばざるがごとし、そこそこのモノを食べるのが一番なのじゃ」


 そう言って、加代はこの話はこれでおしまいと手を叩いたのだった――。


◇ ◇ ◇ ◇


 翌日。

 そうは言ってはみたものの、怖いもの見たさで激安弁当を買った俺。


「いや、安いだけの理由がわかったよ」


「……のじゃぁ」


「まさか割りばしが横に折れるなんてなぁ」


「お米もカッチカッチなのじゃ」


 味は良かった、ボリュームもあった、値段の割には悪くない弁当だった。

 しかしながら、途方もなく食いづらかった。


 なるほど、そこのコストパフォーマンスを下げてくるか――という、なかなか意外なところを突いてきた感じのお弁当であった。


 いやはや。


「しかし、それなら、箸を自前で用意すれば!!」


「桜よ、お主が本気ならば、わらわは止めはせんぞ」


「……おとなしく半額あぶりゃーげにしときます」


 箸、洗うのも持ち歩くのも面倒くさいしね。

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