第407話 マイナー電車で九尾なのじゃ
なんか本当に最近出張が増えたような気がする。
体よく扱われているというか、技術営業扱いというか。なんにしても、まったく面識もない職場に、いきなり突っ込まれるというのは、やらされてあまり気分のいいものじゃない。
いいものじゃないけれど、課長から、頼むよ桜くぅんと、まるで若本みたいな感じで言われたら断れない。
損な性格をしているなと、我ながら思う俺こと桜くんなのであった。
まる。
「そしてマイナー電車に乗ったら、次の電車が一時間後にしか来ないのであった」
旧国鉄から乗り換えてのマイナー私鉄。
一時間に一本しかないというどうかしている電車の本数もさることながら、単線、古い電車、狭い線路幅、市街地を縫うように走っている、夜はなぜか23時まで走っているというぶっちぎりっぷりであった。
ぶっちゃけ、今日取引先として向かった会社の社員を運ぶために動いているような電車だよな――とは口に出さぬが思ってしまう。
そんな中途半端な私鉄のおかげで待ちぼうけ。
折も悪くも電車を逃してしまった俺は、ぼへぇと間抜け面を晒して、空を見上げているのだった。
あぁ、冷たいかな秋の空。
茜に染まるも早ければ、月が映えるのも早いもの。
リンリンと鳴くコオロギの寂しさよ――ときたもんだ。
「ソシャゲーも、行動力溜まりきるまで時間かかるし。どうしようかな」
「……のじゃ。お客さん、電車乗り逃しちゃったのじゃー?」
「加代さん!?」
どうして出てくる加代さん。
いや、こういう場面で出てくるからこそ加代さんか。
彼女はなんだか、少し着古した感じのする、よれよれの駅長服を着て、ゆらゆらとこちらに歩いてくると、俺が座っている席の隣に腰かけた。
そして、ふぅとけだるそうに息を吐きだして、襟元を緩めながら帽子を抜いだ。
うむ、加代さんだ、間違いなく加代さんだ。
「加代さんなんでまた駅長さんに」
「のじゃぁ、無人駅の一日駅長を頼まれたのじゃ。なんでも外からお客さんが来るからってことで、ここの駅の近くにある工場の偉いさんから頼まれたんじゃと」
「……あ、それ、俺ですわ。どうもすみません」
お主かぁと、ジト目でこちらを見る加代さん。同棲相手に向ける視線として、それはどうなのよと、申し訳ないにしてもちょっといい気分はしなかった。
まぁけど、そのせいで一日、こんな辺鄙なところで駅員やらされたら、たまったもんじゃないわね。
ひゅうと冷たい風が吹く。
のじゃぁと二の腕をさする加代に、大丈夫かと声をかけると、いざとなったら尻尾を出せばいいから大丈夫なのじゃと切り返された。
はぁ、モフモフが尻から生えてる人はやっぱり違うねぇ。
まぁ、そりゃ置いといてだ。
「無人駅で二人待ちぼうけか」
「のじゃ、なんというか青春映画みたいじゃのう」
「青春映画なのかなぁ。サスペンス映画かもしれない」
「不穏なことを言うでない!!」
いやだって、二人のうち一人――というか一匹は九尾な訳でしょう。
そりゃお前、ホラーかよくてサスペンスだよ、配役的に。
なんて思っている横で、加代はさっき座ったのもそこそこに立ち上がると、駅のホームの入り口の方へと駆けて行った。
そこには、白い自販機。
明らかに古ぼけたそれで、炭酸水を買った彼女は、とてとてと、こちらに向かってかけてきた。そして、一本だけしかないそれに、ふっと口をつけてからにんまりとこちらに視線を向ける。
「のじゃふふ、この飲みさしのペットボトルを前に、まだそんなとぼけたことを言うことができるかのう?」
「なんだその自信? どういう自信だよ?」
「喉が渇いておるじゃろう? ほれ、懇願して、ジュースを
アホか。
俺はそう言い放つと彼女を置いてその横を通り過ぎる。
そして先ほど加代が炭酸水を買った自販機に近づくと、そこでメロンソーダを買って、彼女の前に戻ったのだった。
何が間接キッスだ、ばかばかしい。
今更そんなくらいで狼狽えるとしでもなかろうに。
まったく、何千歳なんだこの駄女狐は。
そんなことを思いながら、ごくりごくりとメロンソーダを呑む。
流石に大人になってくると甘いものはきつい。半分も飲み終わらないうちに、そのくどくどしい甘ったるい味に辟易として空を見上げた。
「ひゃぁ、とんだ出張もあったもんだぜ」
「おつかれさまなのじゃぁ」
「お前もな」
「のじゃ、それはそうと、メロンソーダ美味しそうなのじゃ」
「交換するか?」
そうするのじゃとほほ笑む駄女狐。ほんと、こういうところよなと思いつつも、今更なので俺は何も言わずに、彼女とペットボトルを交換したのだった。
ほんと。気にする仲かっての。
けどまぁ、ちょっと、甘酸っぱいや、この炭酸水は。
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