第405話 眼鏡屋さんで九尾なのじゃ
PG/SE職である。昨今、どんな仕事もデジタル化されて、パソコンを使わないことはないのだが、四六時中向かっているのは――俺たちくらいみたいじゃないだろうか。
まぁ、漫画家、小説家とかも考えられるけど、まだまだアナログの人も居る。デイトレーダーはなんというか、職業と言っていいのか微妙な所だ。まぁ、そこら辺は一旦おいておくとしようじゃないか。
とにかくそんな訳で。
目を酷使するお仕事である。
「最近、ちょっと目が疲れ気味で。夜中にディスプレイが滲んで見えるんです」
「のじゃぁ。典型的な眼精疲労の症状なのじゃ、仕事のし過ぎはよくないのじゃ」
「そりゃ分かってるんですけどね。なんかいい眼鏡ありますか?」
「のじゃのじゃ。お任せなのじゃ。満足する眼鏡をご用意してみせるのじゃ」
俺は仕事帰り、眼鏡屋に寄った。
生まれて初めて眼鏡屋の扉をくぐった。
いやはや、どんな所かなと思っていたけれど、入ってみると意外とフレンドリーで、いい所じゃないか。
店員が九尾だということ以外は。
「サーバールームに姿がない時点で、今日のこのオチに気がつくべきだった」
尻尾を振り振り眼鏡屋の奥へと入っていく駄女狐。
彼女が去ったのを確認すると、俺は自分の目を覆って、立ちふさがる現実――という名のオチを見ないようにした。
はい、いつもの店員加代ちゃんオチね。
もう慣れましたよ。
どうせ油揚げフレームの眼鏡が出てくるんだろう。
もしくはフレームがうどん、レンズが油揚げなんだろう。
気づくっての。お前、何度目だよ。
何度これでひどい目に遭ったか。
もう俺も傾向と対策を考えてあるんだよ。
絶対に、絶対に俺は驚かないぞ。
そう覚悟して顔を上げると、にこにこと何個かの眼鏡を手にして加代がこちらに戻って来たのだった。
いざ、尋常に勝負。
「のじゃ。まずは定番、ブルーライトカットの眼鏡なのじゃ」
「あぁ、ブルーライト。なんか眉唾だよね。本当に効果あるの?」
「のじゃのじゃ。まぁ、あるという人も居るし、ないという人もいる。人それぞれという奴なのじゃ。とりあえずかけて見るのじゃ」
「……おぉ、なんか全体的に黄色く見える」
「あぶりゃーげ色に世界が見えるのじゃ」
くっ!!
そこで油揚げネタを突っ込んで来るか。
卑怯、不意打ち、予想外。
しかし――耐える。
俺は、加代の不意打ちの油揚げネタに、ぐっと腹に力を込めて堪えたのだった。
「んー、まぁ、なんというか、ここまで色味が変わって見えると、逆に違うものが見えなくなりそうなので、ちょっと不安ですね」
「のじゃのじゃ。まぁ、そうい意見もあるのじゃ。では、こちらはどうなのじゃ」
そう言って取り出したのは――眼鏡の横に小さなポットがついたモノ。
加代に促されるまま、ブルーライトカット眼鏡から、それに付け替えてみると、なぜだろうか――じんわりと目元が潤う感じがした。
のじゃのじゃ、と、加代の自慢げな声がした。
「アロマポット付きの眼鏡なのじゃ。眼鏡の縁についているポットから、常にアロマの薬液が出ていて、目を潤してくれるのじゃ」
「へー、なるほど」
「目を潤すと共にアロマの香りでリラックス。今、当店で一番おすすめのお眼鏡なのじゃ」
目が潤うだけじゃなく、アロマ効果でリラックスできるってのがいいな。
俺みたいなおっさんがアロマとか言っても気持ち悪いかもしれないけど。
あぁけど、この香りなんだろう。
なんだかとっても嗅ぎなれたような。
貧乏くさくて、なんだかちょっと、悲しくなるこの香りは――。
「ちなみに、今はあぶりゃーげオイルを入れているのじゃ」
「なるほど、それでお腹がちょっと空いた感じがしたんですね」
はい、また、耐えた。
耐えましたよ、僕は耐えました。
油揚げネタに、見事に耐えて見せました。
危ない。ちょっともう、アロマの香りが油揚げとか、斜め上を行く展開勘弁していただけますか。僕はね、そういう変化球に弱いんですよ。
というか、普通にいい匂いとか思っちゃいましたよ。
九尾と同居し過ぎて、油揚げの香りに郷愁を感じるようになってますよ。
なんですかこれ。お前、これでもしお前さんと別れる日が来たら、油揚げ食べる度に、思い出して泣いちゃう感じの奴じゃないか。
目薬要らずな奴やないか。
「まぁけどちょっと、油揚げ臭いのは社内で問題になりますから、NGですかね」
「のじゃ、そんな気を使うこともないと思うがのう。では、最後にこちらなんてどうですかなのじゃ」
そう言って、加代はまた眼鏡を差し出してきた。
今度こそ、うどんフレームか、それとも、あぶりゃーげフレームか。そんな期待を裏切って出てきたそれは、そう――。
「百パーセント天然素材。お豆腐を作る時に出るおから――それを圧縮して作ったおからフレーム眼鏡。エコの精神、伝わる大豆のパワーで、お目目ぱっちり」
「うわぁ、大豆のパワーとか、素敵なフレーズ!!」
ここでまさかのおからオチ。
しかし、耐えた、俺は耐えた。
最後のオチまでしっかりと耐えて、そして――目を覆った。
「すみません、最近、目よりも現実の方が見えないような気がして」
「のじゃぁ。それは眼鏡屋じゃなくて心療内科に行って欲しいのじゃ」
そこに行ってもよく似た顔が出てくるんだよフォックス。
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