第389話 夏の名残で九尾なのじゃ
三寒四温という言葉はよく春に使われるが、秋はそれほどでもない。
というか、じわりじわりと寒くなっていくイメージがある。
実は秋も三寒四温で、寒くなるから暑くなるより、暑くなるから寒くなる方が分かりにくいように人間ができている――とかなら、俺の錯覚かもしれないが。
とりあえず、俺はそんな風に感じている。
んでまぁ、今年の夏はたいそう暑かった。
暑かったせいもあるからだろうか――なかなかにその暑さが抜けてくれない。
そして夏気分も俺たちから抜けてくれないのだった。
「のじゃぁ、全然、クーラーを止める気になれないのじゃ」
「もう空調が効いちゃった部屋で生活するのが当たり前になってしまったからなぁ。夜になったら、消してももう十分に生活できるレベルなんだけど」
「のじゃぁ、もったいないとは思っておっても、仕方ないのう」
「風流もへったくれもない話だよな」
クーラーの効いた部屋で、あぶりゃーげをつつきつつの会話である。
ちなみに、この食事にも夏の名残は残っている。
そうおいなりさん。
きんきんに冷えたおいなりさんである。
ここ数ヶ月というもの――どん〇衛を食べていないのだ。
〇いきつねを食べていないのだ。
つまりきつねうどんを食べていないのだ。
どうしてか。
それは単純。
食べるだけの気力がないからである。
油揚げも冷えているいなり寿司しか食べる気になれないのである。
おかげさまでこの通り。
毎日冷や飯食らっていたせいか、思った以上に痩せました。
マイナス三キロ。まぁ、誤差の範囲だ。馬肥ゆる秋で戻るだろうが、痩せたのはちょっとばかり嬉しいものだ。
それはさておき。
「のじゃぁ。はよ過ごしやすい季節になってくれんかのう」
「だなぁ。この調子で、十月まで暑かったらたまらんよな」
「もう一周回って、ちょっと温度下がっただけで、安心できるかもなのじゃ」
「だったりしてなぁ。体感温度は夏並みなのに涼しいとか言ってたりして」
ははは、と言いつつ、クーラーを切る気にはなれない。
むぅ。こたつをなかなか仕舞えないあの感じと同じである。
あと少し、もうちょっと、こう、過ごしやすい感じに温度が下がってくれればいいのだが。なかなかそうは問屋が卸さないのがもどかしい。
贅沢は敵のはずなんだけれどなぁ。
「のじゃぁ、人間、一度堕落すると、なかなか元に戻すのが大変じゃのう」
「じゃのう。昔は、クーラー入れるのでも待ったをかけてきたのにな、加代さん」
「今年の夏は格別じゃったからしかたないのじゃ。恨むなら、太陽を恨むのじゃ」
「いや、太陽というか、気圧団のせいだろう」
ほんと、堕落って怖い。
九尾といえば人を堕落させる妖怪の代名詞だが。
もしかして、今年の夏が暑いのはこいつのせい――。
いや、それはないか。
「のじゃぁ!! ダメじゃダメじゃダメなのじゃ!! こんなことではいかんのじゃ!! 桜よ、思い切ってエアコンを!!」
俺は無言で窓を開けた。
網戸から、もわっとした熱気が部屋の中に入ってくると同時に、狐は尻尾と耳を引っ込めて丸くなった。
クーラーの下で丸くなるんだから、こりゃダメだねフォックス。
なんにせよ、無理はやめましょう。
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