第388話 フリーマーケットで九尾なのじゃ

 近くのスーパーに行ってみると、フリーマーケットの看板が出ていた。

 最近こういの見ないよなと思いつつ看板の前に近寄ってみると、うかつ、どうやらそのフリーマーケットの実行委員らしき人に声をかけられ、パンフレットを渡されてしまった。


「当日参加OKなので、よければモノを持ち寄って参加されませんか?」


「……はぁ」


 という訳で、パンフ片手にスーパーマーケットから戻ってきた俺は、加代と夕飯のおいなりさんをつつきつつ、そのフリーマーケットについて話し合った。


 正直。


「うちに売るものなんてないよな」


「のじゃぁ。むしろ、買う方なのじゃ」


 そうである。

 なんと言っても、貧乏金なし、物もなし。食うには流石に困っちゃいないが、いろいろなものが足りなくて、困るほどではないにしても不便している方である。


 たとえば靴。

 もうすっかりと、かかとが潰れ切っているのを二人揃って履いている。

 流石にアレだ、仕事用の靴はまともなのだが――それでも、結構入念に手入れして使っているんだよこれが。


 あとは調理器具。

 必要最低限のフライパンと鍋一つずつしかありゃしない。

 ホットサンドメーカーなにそれ美味しいの――てなもんである。


 まぁ、流石にレンジとトースターはある。


 それはそれとして売るものなど我が家にはない。


「……のじゃぁ、まぁ、チラシ渡されただけなのじゃ」


「そうそう。別に何も出す必要はないんだよ。だいたい、物が余ってないんだから、こっちは出す必要なんてなんもない訳で」


「売る物もないのにフリマとな!! ということじゃのう」


「そういうことにしておこう」


 わっはっはと笑う俺と加代。

 しかし――。


「「……のじゃぁ」」


 なんかこう居心地の悪さが拭えない。

 むかむかとした澱のようなものが、心の底に溜まっていたのだった。


 なんだろうこの無様な敗北感は。

 そんなに物がないのが悪いことなのだろうか。

 ないものはないのだから仕方なかろう。無理して売る服さえないのだ。そう、服だって我が家には余っていない。


 着られなくなった服は、鋏で切って雑巾に。油を拭うための布にとリサイクルしているのだ。そんな昭和の貧乏同棲している俺たちに――どうせいっちゅう話だ。

 いや、ギャグではなく。本当に。どうせいっちゅう話だ。


 のじゃぁと加代がため息を吐いた。


「何かこう、手に職みたいなものがあれば、いいのかもしれんがのう」


「というと?」


「例えばそう、編み物をして服を売るとか」


「なるほどなぁ」


 加代さん、つい先日俺にマフラープレゼントしてくれたじゃないの。

 ふと話題を同居狐に振ってみた。


 するとのじゃぁと加代が苦々しい顔をする。


 どうやら、あまり編み物は乗り気ではないらしい。


「いやまぁ、編み物は結構手間がかかるのじゃよ。例として言うただけで」


「むぅ、なるほど、費用対効果が合わないと」


「それなら素直に内職した方がまだ稼ぎがよいというレベルなのじゃ。そういう桜こそ、なにかこうできることはないのじゃ」


「はっはっは、俺はアレだよ、造れるものといったら、生まれてこの方プログラムだけさ」


「……仕事人間じゃのう」


 どうしようもない。

 いや、知的生産能力という意味では、二人ともそこそこのモノを持っているが。


 プログラミングしますと、看板掲げてみたところで、果たして売れるのか俺ら。

 いや、売れそうだけれど――ろくでもない結果になるのが目に見えている。


 技術は安売りしないに限る。

 しかし、本当に自分たちの生産力のなさにほとほと嫌気がさした。


「……のじゃ!! そうなのじゃ!! おいなりさんならかろうじてわらわは作れるぞ!!」


「……それは食品衛生法上まずいんじゃないのかな」


 なんにしても、悔しいが、何も俺たちに出品できるものはなさそうだ。

 そう思った時――部屋の隅にこんもりと溜まった加代の抜け毛が目に入った。


◇ ◇ ◇ ◇


「いやー、しかし、まさか、狐の毛があんなに高値で売れるなんてな」


「のじゃぁ。自分のことながら、なんだか複雑な気分なのじゃ」


「甚平来たおっさんが、いいの、このお値段でいいのって、目をひん剥いて言ってたの見てた時には、ちょっと価格設定間違ったかなと思ったよな」


「書道家かのう。まぁ、なんにしても、売れて良かったのじゃ」


 いやはや、ゴミにしか見えないものでも、売れるもんだね。

 世の中何が売れるかわからんもんだ。


 枕にしたらごわごわして使い物にならんというのに。

 ほんと、世の中わからんわ。


「……のじゃ。桜よ」


「……分かってる加代さん」


 今日は、この金で、回転ずしで好きなだけおいなりさんを食べよう。

 そう誓って、俺と加代はフリーマーケットのランチョンシートを畳むのだった。


 面子を守るためとはいえ――正直すまんかった。

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