第387話 狐の恩返しで九尾なのじゃ
狐の恩返し。
むかしむかしある所に。
ではなく現代の俺のアパートに、加代というそれはそれはお間抜けなオキツネ娘が住んでおったそうな。
バイトに行ってはクビになり、パートに行ってはクビになる。
正社員になってもクビになり、派遣社員でもクビになる。
この労働者の権利が強く守られるようになって久しく、クビになりにくいご時世に、すっぱすっぱとクビになる加代ちゃん。
そう何を隠そう彼女は――九尾だったのです。
クビと九尾をかけたってね。
まぁ、そんな加代ちゃんが――。
「のじゃ、日ごろいろいろとお主には世話になっておるからのう。ほれ、マフラーのプレゼントなのじゃ」
「――抜け毛で編んだの?」
マフラーを渡してきてくれました。
まだそんな季節でもないというのに。
たわけの言葉と共に狐毛マフラーが俺の頭をしばく。すると、それは思った以上に獣くさくなく――どちらかというと羊毛のよい匂いがするのであった。
「自分の抜け毛でマフラーなぞ編む訳なかろう!!」
「え、けど、日本昔話的には、自分の毛で織るのが正しくない?」
「日本昔話的とか言うでない!!」
鶴だったら、自分の羽で羽衣を織ってる所だぜ。加代さん、そういうお約束をちゃんと守らないからお仕事クビになるんじゃないの。
そういうの大切だと僕思うの。
そんなことを思いながら、手編みということらしいマフラーを手に取る。
うむ、なるほど。
まだまだ寒くなるには早くって、ありがたみも温かみもないが、丁寧に作ってくれていることはよく分かる。いいプレゼントには違いなかった。
ほんと、いいプレゼントだ。
「か、加代ぉおおおお!!」
「のじゃぁ!?」
「こんなになっちまって、加代ぉおおおおお!! お前だったのかぁあああ!!」
「ごんぎつね!! ごんぎつね交じってるのじゃ!!」
「焼いてさ、煮てさ、食ってさ、皮はこうなったんだろ――加代ぉおおおお!!」
「タヌキ、タヌキなのじゃ!! それはタヌキの歌なのじゃ!!」
なんだ違うのか。
俺は再びプレゼントから手を離した。
なるほど、そうか、加代の毛で編んだ訳ではないのか。
「それでも少しくらいはお前の毛が入っているかもしれないんだろう?」
「そりゃ、編んでたら普通に何本かは入り込んでおるかもしれんけど」
「異物混入ですよ加代さん!! 釈明会見を!!」
「……えぇ、この度は、
って、なんでそうなるのじゃと、加代が尻尾とを耳を逆立てて怒った。
ほら怒った。そうやって、怒るとすぐにのじゃのじゃポンポン出るんだから。
そんなんでマフラーに毛が入ってない訳ないでしょう。
素直に、狐の恩返しで、毛でマフラー編みました。
そう言っとけばいいんだよ。
まったく――。
「しかし、同居人へのプレゼントに自分の体毛入れるとか、ヤンデレみたいでほんと気持ち悪いよな」
「……お主、もう、本当にいい加減にせんと、こっちにも堪忍袋の緒というものがあるのじゃぞ」
「そこまでして俺と一緒に居たいのか加代!!」
「日頃の感謝の気持ちというておろう!! そこまで重くないわ!!」
たわけたわけとけんけんうるさい加代。
やれやれまったく、こんなにうるさくされたらたまらない。
おちおち部屋にもいられないよ。
俺はちょっと、外に散歩に出ることにした。
そうそう、散歩にはやっぱりマフラーだよね。
まだちょっと季節には早いけど、半そでにマフラーっていうのも、一周周って逆にお洒落かもしれない。
「のじゃ、桜、そんな奇抜な格好をしてどこへ」
「あん、そんなもん、ちょっと近所に見せびらかしてくるに決まってるだろうが」
「みせびらかして」
「今から一人ファッションショーじゃ。おう、これが、うちの同居人が、俺のために編んでくれたマフラーじゃいと、モデルウォークで近所あるいてくるわい!!」
「やめんか!!」
外に出ていこうとする俺を止めようとする加代。
そんな恥ずかしいことやめろというが、そもそもマフラーは着るものだろう。
なのに、着るなとはこれいかに。
なんのために、お前はこれを造ったんだよ。
俺に着て貰いたいからじゃないのかよ。
その為に編んでくれたんじゃないのかよ。
「まだ残暑が厳しい季節なのじゃ。そんなものをつけて出たら、のぼせてしまうのじゃ。やめるのじゃ桜よ」
「ふっ、もう、とっくにのぼせてるさ、お前という同居狐にな!!」
「そういうのいいから!!」
というか、照れ隠しにしても、もうちょっと素直にせんかと、加代は怒った。
俺に怒った。割とマジな顔で怒った。
しかたないだろ、お前、だって。
嬉しかったんだからさ。
「みなさーん、うちの狐が、俺のためにマフラーを!! マフラーを!!」
「やめぇい!!」
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