第382話 オキツネリックスで九尾なのじゃ

 人差し指を俺の方に向けて加代が構える。

 それから、彼女はちょっと冷たい目をして、ピンクの唇を弾いた。


「……バーン!!」


「……いや、なにそのノリ?」


 のじゃぁと加代が間抜け面してその場に倒れた。

 なにそれ、そんな返しあるぅ、という感じに彼女はこちらを睨んでくる。

 あるもないも、分からないんだから仕方ない。


「普通これやられたら、やられたーって倒れるのが大阪のノリなのじゃ」


「いや、俺、大阪人じゃないし」


「関西圏なのじゃ!! 土曜日の13時からは吉本見るのが習慣の人間なのじゃ!! それなら分かるのじゃ、このノリ!!」


 いや、分かんねーよ。

 土曜日の13時からは確かに吉本見るけれど、分かんねーよ、そんなコント。

 指銃でバーンやられたらギャーやるなんて、分かんねーよ。


 あと、土曜日13時から吉本やってるのは関西圏だけじゃないだろ。

 関東圏とかでも普通にやってるだろ。


 でないといったい何を見るって言うんだ。

 家族団らんの必要条件じゃんかよ、お昼の吉本新喜劇はさぁ。


 え、やってるよね、東京でも吉本。


「のじゃぁ、関西住みなのに、ノリの悪い奴なのじゃぁ。お約束をちゃんと踏まえて、周りに合わせて欲しいのじゃ。空気読むのじゃ桜」


「いやいや、お前、いきなりそんなん無理だろ」


「……しゅっしゅ!!」


 そうしていきなり加代がエアボクシングする。

 だからなにという視線を向けると、彼女はまたしょんぼりとした視線をこちらに向けてきた。こいつ、まるでわかっちゃいないという、そんな感じの視線を。


 いや、だから、そんなのやられても困るっての。


「どうしてわらわのして欲しいことを汲んでくれないのじゃ!! 馬鹿なのじゃ!! ノリの悪い奴なのじゃ!!」


「悪いなノリが悪くって!! というか、そういう男子高校生みたいなノリ、この歳にもなってやりたくないんだよ!!」


「恋人同士の他愛もないやりとりではないか!!」


「それでも恥ずかしいっての!!」


 アパートの中で、誰も見ている人もいないけど、それでも恥ずかしいんだよ。

 こういうのは、他人に見られているというのも重要な要素だけど、自分で客観的に見て恥ずかしいってのも重要なんだよ。


 バカップルかよ。

 バカップルかよ俺らは。


 高校生なら微笑ましいやりとりで済むだろうけど、三十歳を超えたおっさんと、三千歳のオキツネのやり取りとしてはいささか痛いよ。というか痛すぎるよ。

 仲良しの言葉で済まされない何かがあるよ。

 いい歳なんだからわきまえようよフォックス。


「のじゃぁ、何があってもやらないつもりなのじゃな」


「やらないよ!!」


「……なら、仕方ない」


 諦めてくれたか。

 加代が手で作った銃を崩してすっと立ち上がる。

 そして、俺に体の正面を向けたかと思うと。


 くいくい。

 来い、とばかりに彼女は手招きをした。

 アメリカンスタイル、下から上にやる奴だ。


 てめぇ、この野郎――。


「バーン!!」


 ひょい。

 加代は、俺の弾丸を避けた。

 半身、少しだけずらして、その見えない弾丸を避けた。


 ちくしょう。


「バン!! バン!!」


 俺は二連射した。大人げなく二連射した。見えない弾丸が、ほぼ並んで、加代へと向かって飛ぶ。しかし、それを。

 加代は尻尾を支えにしてイナバウアーみたいな体勢で避けた。


 いや、これはイナバウアーではない。


 マトリックスや。


「バン!! バンバン!! バーン!! バキューン!!」


 更に連続して手銃を撃つと、加代は手足をじたばたとさせる。

 あの有名なワンシーンである。


 あぁもう。

 はやく来てくれ、モーフィアス!!。


「というか、当たらないんかい!!」


「これはこれで鉄板ネタなのじゃ!!」


 何が鉄板ネタじゃ。

 ドリルせんのかーいみたいに外されてがっくりだよこっちは。


 ――鉄板だぁ!!

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