第374話 社会人枠で九尾なのじゃ

 ちょっと遅れた夏休み。

 ということで、墓参りも兼ねて俺と加代は実家に帰った。


 やっととれた休みである。生き急ぐ必要もない。加代と一緒に泊まっていくことにした俺は、キッチンで彼女と麦茶をすすりながらくつろいでいた。

 すると、いきなりお袋が書類を持ってやって来た。


 なんだろうか。

 リフォームするからローンの保証人にでもなれとかいうのだろうか。

 勘弁してフォックス。そんな金も甲斐性も俺は持ち合わせてないっての。


 というか、俺が家建てることの方が先じゃないの。


 なんて思う俺の前で――お袋は俺をスルーして加代にその書類を差し出した。


「へ、何? 加代に用事がある訳?」


「当たり前でしょ。あんたにこんなもの見せてどうすんのよ」


「……のじゃ、市職員募集のお知らせ、なのじゃ?」


 差し出されたのは市職員の求人案内である。

 この時期にうちの実家がある市では、職員の募集をかけているらしい。

 そういや、俺も就活の頃に、藁にも縋る思いで受けたことがあったっけかな。


 まぁ、普通に書類選考で落とされましたけれどね。

 ほとんど時間かけずに書いたのだから、順当な結果といえば順当なんだけれど。


 悔しい――!!


 まぁ、それはさておき。


「加代ちゃん、まだお仕事決まってないんでしょう。だったら、せっかくだから受けちゃいなさいよ」


「のじゃぁ、母上どの、お気持ちはうれしいのじゃが」


「あぁ、住むところが心配なのね。それなら安心して。就職が決まれば、うちから通勤すればいいから。ここから市役所なら自転車で三十分もかからないわ」


 いや、加代が心配しているのはそういう話ではない。

 単純にそう――年齢制限の問題である。


 お役所勤めの悲しき宿命。公務員の就職試験には厳格な年齢制限が存在する。平成何年以降に生まれた者に限ると、たいがいこの手の試験には書かれているのだ。


 俺も受けたことがあるから知ってる。

 学力も必要ならば、若さも必要、そしてなにより続ける根気が必要。

 公務員、なろうと思ってもそう簡単になれるものではないのだ。


 悲しいことに、これが現実なのよね。


「いいわよ公務員。収入は安定しているし、ローンも比較的簡単に組める。今は女性職員の需要も多いから、加代ちゃんならきっと引く手あまたよ」


「のじゃぁ。母上どの。さきほども申したが、お気持ちはうれしいのじゃが、わらわはちょっと。というか、わらわこれでも結構いい歳なのじゃ。就職試験の年齢制限に引っかかってしまうのじゃ」


「あら、それなら心配ないわよ、社会人枠があるから」


 社会人枠。

 なんだそれ、そんなのあるのか。

 という感じに加代が目を剥く。

 俺が受けてたときに、こいつ見ていなかったのか。


 知らない単語にちょっと身を乗り出す。

 加代の肩から母親が示す書類を見てみると――なるほどそこには社会人枠採用若干名という文字が書かれていた。


 まったく、お袋も目ざといというか、昔の癖が抜けないというかなんというか。

 流石は元公務員だけあるわ。


「私も社会人枠採用だったから勝手は分かるわよ。新卒と違って、試験よりも面接の方にウェイトが置かれてるから、おしゃべりできればなんとかなるわ」


「……え、お袋ってそういう経緯で就職してたの?」


「そうよぉ。まぁ、アンタ妊娠して寿退社したから仕方なくだけどね」


 仕方なくで市役所勤められるって、なかなか優秀だと思うんですけど。

 ともあれ、身近にそういう経験のある人がいるというのは心強い。


 受けてみたらいいんじゃないか。

 そんな感じでさりげなく、俺は加代に視線を送ってみた――。


「のじゃぁ、36歳までで、社会人経験が5年以上ある方か……」


「待遇も、いいじゃん。俺も転職したいくらいだわ。できなかったんだけど」


「……まぁ、職歴は問題ないのじゃが。年齢がのう」


「あ」


 察し。


 三千年生きたオキツネである。

 そもそも、新卒だろうと、社会人枠だろうと、年齢制限を満たせなかった。


 いや、見た目的には全然いけてる、むしろ若々しいくらいなんだけどね。

 こればっかりは仕方ないよね。制度なんだから。


「あら、加代ちゃんてばそんなに歳食ってたの?」


「のじゃ。まぁ、それなりには」


「見えないのに……やだ、ちょっとお母さんびっくりだわ。けど残念ねぇ。せっかくなし崩しで桜にもこっちに帰ってきてもらって、幸せ家族計画してもらおうと思ってたのに」


「結局そういう魂胆かフォックス」


「アパートより実家の方が、家族計画がはかどるでしょう?」


 はかどるわけねーだろ。

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