第373話 三十でも青春で九尾なのじゃ

 よく、いい歳したおっさんやおばさんが、話の流れで制服着たりして、うわぁ特殊な店みたいだ――と、からかう話の流れがあるじゃろ。

 けど、実際そういう特殊なお店に、行ったことないから気持ち分らんじゃろ。


 そもそも、そういうのって、特殊なお店というより特殊なプレイじゃろ。

 マンネリになった夫婦が、それぞれの学生時代のごにょごにょでごにょごにょとかそういうことじゃろ。


「そういうもんだと俺は思うんじゃろ!!」


「分かった、分かったのじゃ桜よ。お主の言い分はよく分かったのじゃ」


「分かって欲しかったんじゃろ!!」


「あぁ、お主も暗い青春を送っておったのじゃったの」


「青春は灰色だったんじゃろ!! 今、お前とこうして同棲しているのが、割と奇跡だったりするんじゃろ!!」


「……けど、この買い物はどうかと思うのじゃ」


 ドンキで買ってきた制服(女子&男子)。

 それを前にして加代の奴はドン引きした顔をしてみせた。


 そんな油揚げだと思ったら雑巾だったみたいな顔しなくてもいいじゃないか。

 そんな悲しい顔しなくたっていいじゃないか。


 うん、まぁ、ねぇ。

 俺も正直に言って、どうかなぁとはちょっと思いましたよ。

 ドンキから家に帰ってきて、それから我に返って思いましたよ。


 えらいもん買ってしまったナァ……って。


「けどしかたなかったんじゃろ!! なんかこう、こういうの着てやり取りするのも、ちょっと面白いかなって、思ったりしちゃったんじゃろ!!」


「まず、買う前に相談して欲しいのじゃ」


「男って、そういうの一度盛り上がっちゃうと、冷静になるの難しい生き物なんじゃろ!!」


「強弁されても困るのじゃ!!」


 家に帰ってきて、袋から取り出してようやく我に返ったわ。

 おかしいよね。ちょっと日用品を買いに行ったつもりが、ジョークグッズコーナーに入って、そしてこんなジョークで済まないものを買ってきてしまうんだから。


 ジョークですまない話だよね。

 せめて笑ってくれたら元が取れるけど、それも怪しい話だよね。


 ほんとどうかしている。

 ちゃぶ台の上に置かれた二つのそれを眺めて、俺は悔し涙を浮かべた。


 悔しい。


 こんなものを買ってしまった自分が情けなくて悔しい。

 こんなものにときめいてしまう暗い青春を過ごした自分が悔しい。

 なにより――自分用のまで買っちゃうという、気合の入りようが悔しい。


 普通そういう特殊な店でも、自分が着ることはないよ。

 どんだけ特殊なんだよ。というか、うかれているんだよ。


 数時間前の自分に懇々切々と説教してやりたい気分だった。


 すると、そんな俺の悔いる姿に心をほだされたのだろう。


「……のじゃ。まぁ、せっかく買ってしまったのじゃから仕方ない」


「か、加代さん!! それじゃぁ!!」


わらわにも青春時代はなかったからのう、ちと、お主の酔狂に付き合ってやるとするか」


 ひゃーっほう!! 話の分かるオキツネでほんと加代さんマジ天使だぜ!!

 安っぽいセーラー服を手にしょうがないのうとはにかむ彼女が、今日だけ、俺は天からの使いのように見えたのだった――。


◇ ◇ ◇ ◇


「……しかし、実際着てみるとなんじゃのう」


「……あぁ」


「……こう、見ている方が痛々しいとはよくネタになるが」


「……やっている方も、相当痛々しいものなんだなこれ」


 俺と加代はノリノリで制服に着替えた。

 バスルームとリビングで、それぞれ制服に着替えて、それで再びちゃぶ台の前で合流した。


 合流してそれから――。


 お互いにお互いの姿の似合わなさに戦慄した。


「……お腹、出てるのじゃ」


「……そういうお前は、出てなくちゃいけないところがでてないのじゃ」


 青春時代が、なぜ、あんなに輝かしく思えるのか、分かった気がした。

 同時に、失われてしまったものは、もうどうやっても取り返せないのだと思い知らされた気がして――俺は静かに泣いた。


 笑える前に泣ける。


 現実とはげに残酷である。

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