第368話 今度こそ本当にプールで九尾なのじゃ

 夏っぽいことしたいこと残暑の如し。

 なにひとつとして巧いこと言えてないが、なにひとつとして夏っぽいことをせずに、この一年で一番輝かしい季節を終えようとする俺には、もはや我慢することはできなかった。


 限界だ。

 護摩修業――火をひたすら拝むやつ――じゃないんだ。

 なぜこんなお仕事日常ネタで毎日を過ごさなくてはならないのか。


 この俺、桜くんには――主人公として水着回をする権利がある!!


 という訳で。


「海行きたい!! 行きたい!! 行きたい行きたい行きたい!!」


「のじゃ!! それ先週やったネタなのじゃ!! もうアジはこりごりだよって、お腹膨らませて言うておったのはどこのどいつなのじゃ!!」


「それでも行きたいのォ!! 海ィ!! 海行きたぁい!! うわぁあああん!!」


 駄々をこねてみた。


 いい歳したおっさん(30)が、同居人相手に駄々をこねる姿を見よ。

 恥もへったくれもないってもんだ。隣の部屋や下の部屋に聞こえていたら嫌だなってレベルじゃねーぞ、ちくしょう。


 しかし、なんのイベントもなく夏を終えることの方が、俺はもっと嫌だ。

 俺は加代さんに土下座して頼んだ。

 額をフローリングに擦りつけて頼んだ。


「ちがうんだよ!! 俺はな、加代、こう夏の浜辺で女の子といちゃいちゃこらこらするような、そんなイベントが欲しいんだよ!!」


「のじゃ、魚とフィッシュウフフしたのじゃぁ」


「そんなグランダーで武蔵なコロコロ展開は要らないの!! もっとこう、アレなの!! 週刊少年誌に載るような、そんな展開のがいいの!! もしくは、ヤング誌でもいいの!!」


「のじゃぁ、注文の多い奴じゃのう」


 多くなんかない。

 男だったら普通の欲求だっての。それをお前、海行こう→いいねぇ→釣り、で済ます話の流れがどうかしてるっていうんだよ。


 水着回を。

 まともな水着回をもう一度。


 頼む加代さんと俺は頭を下げる。

 すると加代はしぶしぶという感じで、しかたないのうとため息混じりに言った。


◇ ◇ ◇ ◇


「……で、海行きたいって言ったのに、なんでプール」


「もうクラゲが出る季節なのじゃ。海なんて行ったら、刺されまくってえらいことになるのじゃ。盆を過ぎたら海に入ってはならぬことくらい常識であろう」


 そうなのかと、俺は人でごった返すプールを眺めて思う。

 なるほどなんで海に行かずに、プールにここまで人が集まるのかと思えば、そういうことなのか。


 そして、こんな狭いプールに、人がひしめき合っていたは。


「イチャコラどころじゃねえ、人多すぎで身動きすら取れないんですけどォ!?」


「のじゃぁ。だから、ダメじゃと言うたであろう」


「こんなのってないよ!! あんまりだ!! これじゃポロリも!! オイル塗っても!! この水着似合うかしらも!! 脱いだら凄いもないじゃないか!!」


 俺の青春を返してくれよ。

 三十だけど青春を返してくれよ。


 そう叫んで加代を見た俺は――。


「あ、そもそも、そんな要素このツルペタスッテンドンにはなかったか」


 ポロリするものも、オイル塗るようなところも、似合う水着も、脱いだら凄い余地もないことに愕然としたのだった。


 始まる前から終わってたなんて切ないぜ――夏。


「のじゃぁ!! 行こう行こうと言っておいて言うことがそれか!!」

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