第367話 まったく陽気じゃなくって九尾なのじゃ
「待てー!! 待つのじゃー!! それは
「にゃーん」
お魚咥えたどら猫を追いかけて、裸足で駆けていく陽気な同居人を見たことありますか。
僕はね、そんなものはアニメの中だけの存在だと、今の今まで思ってましたよ。
実際、家の前で加代の奴が、腕を振り上げて走ってるのを見るまでは。
――うぅん。
「こりゃぁーっ!! お主、人様の食料を奪うとはどういう了見なのじゃ!! この泥棒猫!! 同じネコ科の動物とはいえ、この加代さん容赦せんのじゃぁ!!」
「ほんで波紋使って戦おうとしている同居人も初めて見るわ」
なんだろう。
情けなくって、なんだか泣けてくる。
ほろほろと涙を手の甲で拭っていると、のじゃと俺に気が付いた同居人が声を上げた。
バツが悪そうな顔をして、振り上げた手を下す加代さん。
とりあえず、落ち着いてことの次第を聞こうじゃありませんか。
逃げて行った猫を放っておいて、俺は、加代を捕まえたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「のじゃぁ、お魚の干物をママから貰ったのじゃがのう、せっかくいいモノじゃから、七輪で焼いて食べようとしたのじゃ。そしたらあの野良猫が横から」
「――うーん、加代さん、慣れないことするお前が悪いと俺は思いますよ?」
「のじゃ!! 少しでもおいしいものを食べてもらおうと、そう思ってやったことなのに、なんなのじゃその言い草は!!」
いや、それを流石に言われたら、こっちとしても嬉しいですけどね。
けどお前、お魚取られちゃったら意味ないでしょ。
というかこの辺り、結構野良猫多いんだから。
そこは普通に気を付けるべきでしょう。
まったく思い付きで物事をする狐は、これだから困る。
アパートに戻って事の顛末を加代から聞いた俺は、ほとほと、呆れてため息を吐き出した。あの国民的なアニメの主題歌の入り婿もこんな気分だったのだろうか。とうてい笑う気にはなれないのは、俺だけなのだろうか。
のじゃぁ、と、加代もまた笑えない声を上げる。
「まぁ、実際問題、ちと警戒心がなさすぎたのじゃ。もうちょっと、周りをよく見ておれば、未然に防ぐことができた事故だったのじゃ」
「まぁ、これがひったくりなら盗られた奴が悪いとは言わないが、犬猫が相手じゃな。せめてベランダで焼くとか、機転を利かせるべきだったと思うよ」
思いつかなんだと肩を落とす加代さん。
やれやれ、まったく、こういう所が、彼女がすぐお仕事をクビになる原因なんだろうがね。そして、この警戒心なく、なんでもやっちゃう辺りが、すぐに仕事にありつく原動力なんだろうね、きっと。
なんてことを納得しながら、俺は静かに頷く。
それから俺は加代の肩に優しく手をかけた。
「まぁ、俺のためにやってくれた訳だし素直に感謝しておくよ。ありがとう」
「……のじゃ、桜ァ。おんしはほんに優しいのう」
「グリル付きのコンロなんだから、それで焼けばいいさ。なぁに、いいじゃんか、七輪で焼かなくっても。お前の愛情が籠ってれば、俺はそれで十分だよ」
なんてな。やれやれ、柄にもないことを口にしたもんだ。
泥棒猫じゃないけれど、俺もこの狐に、ずいぶんと心を盗まれてしまったもんだ。
銭〇警部もびっくりだ。
「しかし、なんだな、今回はやけに順調にオチが付いたな」
「のじゃ? なんの話なのじゃ?」
「いや、こんなほのぼのネタで落とすほど、この作品は甘いだけのギャグ小説ではなかったように思うんだが――」
警戒のし過ぎか。
そう、思った。
そして、それが間違いであった。
◇ ◇ ◇ ◇
「おーっす、桜、おはよ――って、クサッ!! なに、クサッ!! クッサー!!」
「……おはよう前野」
俺は朝顔を合わすなり、鼻をつまんで俺を見る失礼な同僚をにらんだ。
やめて匂いがきつくなるからと、意味の分からない理屈を前野は返す。
すぐさま、彼は半歩俺から距離を取った。
無理もない。
だって、臭いんだもの。
「なんなのその臭さ!? いったい何を食べて、何をすれば、そんな匂いが醸せるようになるの!? というか、なんでそんな臭くなっちゃったんですか!!」
「魚を焼いただけだよ――」
そう、魚を焼いただけである。
日本の干物中でもとりわけて特殊で、知名度があり、そして、いろいろといわくつきな、魚のそれを室内で焼いただけである。
加代ちゃんマッマが普通の贈り物をしてくるはずがない。
気が付くべきだったのだ。そういう罠だということに。
「そりゃ、くさやくもなるよ」
「くさやくって……あぁ、なるほど、その匂いか」
やっぱり、魚は外で焼くのがいいかもしれない。
そんなことを思ったとき、サーバルームの扉が開き、冷機と共に、室内に強烈な魚の匂いがフロアに充満したのだった。
「「くっさー!!!!!」」
「のじゃっ!! 人に向かって臭いとはなんなのじゃ!! このたわけども!!」
人じゃなくって狐でしょフォックス。
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