第366話 靴はその人のステータスを表すで九尾なのじゃ

 上流階級の人間かどうかを見分ける方法。

 それは靴の汚れを見るのだそうな。


 本当にやんごとないお家にお生まれの人とというのは、靴というものを汚すようなことがないのだとかどうだとか。

 ツイッターだかネット小説だかで読んだ内容だから、本当かどうかは分からない。だが、靴が一種の人間のステータスだというのは納得のできる部分がある。

 人間の性質という奴は、そういう細かい――わかりにくいところにポロリと出たりするものである。


 逆にそういう細かいところまで気が回るかで、人間というのは評価される。


「……ということを、最近前野の奴に注意された訳ですよ」


「のじゃぁ。けど桜よ、流石にそのかかとが潰れたスニーカーで、会社に出社しておれば、遅かれ早かれ注意されるのはあきらかだったのじゃ」


 そうかねぇ。

 俺はさぁ、育ちが悪いからそんなの気にも留めたことなかったよ。


 というわけで、仕事帰り。

 俺は普段だったらまっすぐ家に帰るところをちょっとばかり寄り道して、近くのショッピングモールに出店している靴屋へと足を運んでいた。


 目的はもちろん、前野の奴に指摘された靴を買い替えるためである。


 うむ。

 言われてはじめて気が付いたが、かれこれこの靴、前の前の会社にいたときから履いている気がするわ。いやはや、物持ちがいいといえば聞こえがいいけれど、不精が過ぎると言われればそれまでよね。


 それこそ加代の言う通り、靴のかかとの皮がめくれあがって素材が飛び出てる。

 こんなんでよく取引先との会議に出れたもんだよとちょっと関心してしまった。


 とまぁ、それはさておき。


「のじゃのじゃ。まぁ、こうしてわらわが靴屋でバイトしているのも何かの縁。ひとつ、ビジネスシーンでも使える、見栄えのよいスニーカーを選んでやるかのう」


「おう、頼りにしてるぜ、加代さん!!」


 偶然入った靴屋で、偶然バイトしていた同居人に会ったのが運の尽き。

 まぁ、ちょっと見るくらいのつもりだったが、同居人に見とがめられてしまっては、買わないわけにはいかなかった。なにせ、俺の姿を見つけるや、縋るような顔をしてかけてくるのだもの。


 よっぽど営業成績が悪いのだろう。

 哀れ加代さん。


 しかたない、彼女のために俺も一肌脱いでやろうじゃないか。


 まぁ、脱いでやっても、どうせクビになるんですけどね、フォックス。


「のじゃのじゃ。ではまず、靴のサイズじゃのう……ほぅ、桜、お主意外と足大きいのじゃのう。二十八センチもあるのじゃ」


「見た目に反してって感じだろ? 身長ないんだけど、足は大きいのよね、これが」


「まぁ、品ぞろえは十分あるから、安心してほしいのじゃ」


 おっ、頼もしいこと言ってくれるじゃないのよ。

 結構いろんな靴屋に行っては、欲しいシューズのサイズがなくって難儀した覚えがあるんだがな。そう言ってくれると、こっちとしても安心だ。


 さて、サイズは豊富として……。


「問題はデザインよな。スニーカーにもビジネスカジュアルとかあるの?」


「それはもちろん。あんまり派手なのはよくないのじゃ。お主のところ……というかウチの会社は基本的に内部でお仕事が完結しているから、あまりそこんところ煩くないけれど、会社によってはそもそもスニーカーNGだったりするのじゃ」


「まじか」


「というか、スニーカーで仕事なんて、IT業界の人たちくらいなのじゃ」


 重ねてマジか。

 えぇ、じゃぁ、他の業種の人たちは、革靴とか履いてお仕事してるの。靴擦れして毎日かかとが大変なことになったりしないのそれ。


 あり得ないよ……。

 そんな痛い思いするくらいなら、俺、中小企業の底辺プログラマーでいいや。


 世間の常識と、自分の常識のずれに打ちひしがれる俺。

 そんな俺をよそに、のじゃのじゃと、加代が納得した感じにうなづく。彼女は一旦奥に引っ込むと、段ボール箱を何個か重ねて俺の下に戻ってきた。


 段ボールの中身はなんだと勘繰ることもないだろう。

 シューズである。


「のじゃ。まずは最初にこの靴かのう」


「おっ、真っ黒」


 まず出されたのは真っ黒なスニーカー。まるで、お通夜にでも行くんですかというくらいに、まったく飾り気がない靴だった。スニーカーなのに、遊びが感じられないのは、それはそれとしてどうなのだろう。


「黒のスニーカー。スタンダードじゃが、汚れも気にならないし、おすすめなのじゃ。さらにこのシリーズは、遠目には革靴のようにも見える」


「ほんほん、なるほど。しかし、見たことのないロゴのメーカーだな」


「のじゃ。そんなことないのじゃ。業界最大手の――アブリャックスなのじゃ」


 うぅん。

 聞いたことないそんなシューズメーカー。


 この作者は危険なパロディを多用することで有名だけど、まさかシューズネタまでパロディで落とすつもりかこのやろう。

 なんにしても、そんな危ないシューズ、却下だ却下。


 俺はちょっと違うのにしてくれと、加代に頼んだ。


「のじゃ、ではこれはどうじゃ。黒くはないが、茶色と地味な色合いになっておる。そしてなによりエアクッションが入っていて履き心地抜群」


「お、よさそうじゃん。出張多いから歩くの疲れるんだよね」


「そう、これこそスニーカー界の革命児。抜群の履き心地で有名な――エアフォックス」


 やめて。

 もう、メーカーネタかと思ったら、製品名で攻めてくるの勘弁して。


 お前もう、ほんと、危険なパロディ多用するのやめようよ。

 もう一つの作品もさ、なんかこう、本格的にカドカワさんとコト構えるようなキャラクターとか出てきてさ、結構やばいかんじじゃないのよ。


 なのに――エアフォックスって。


 しかも、今の子そのネタわかんないよ。

 エア〇ックス狩りなんて、遊戯〇の最初の方のネタであったけど、今の子には分からない話だよ。完全におっさんの自己満足ネタだよ。


 違うのにしてフォックス。

 俺はまた違うシューズを加代に要求した。


「のじゃ、では、最後はこれじゃのう。ちと代わりネタじゃが」


「へぇ――って、わぁ、これはまた立派な大草鞋」


「スニーカーではないがのう。しかし、やはり草鞋には、日本独特の美的感覚が詰まっておるのじゃ。そういう所を汲んで、客先でもウケがいいに間違いない」


「なるほど!! それでオチは!?」


「そう、題してこの商品名は――わらじあぶりゃげ!!」


 うーん、矢場〇ん。


 名古屋名物、矢場〇んのわらじとんか〇じゃないですかヤダー。

 最後の最後で、予想外の方向にオチを振らないでフォックス。


「で、どれにしますのじゃお客様」


「どれにもしねえよ!! 普通のスニーカーで!!」

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