第365話 夏祭りは参加するもので九尾なのじゃ
夏祭り。
上から見るか、下から見るか。
いやはやそれより外から見るのが普通でしょう。
やっぱり夏祭りは浴衣着て、下駄を鳴らして屋台の間を練り歩く――。
それが伝統的な楽しみ方だよ。
そう思っていた時期が、俺にもありました。(テンプレ感)
「……なんで町内会の祭りの当番が俺に回ってくるかな」
「正確には桜のお父さんに回ってきたのじゃ。のじゃのじゃ、こればっかりは町内会の悲しき性という奴なのじゃ」
そう悲しきかな性なのである。
町内会の行事の役が回ってきたら、断ることができないのが世の習わし。
避けられない運命なのだ。
しかしその運命を強引に回避した男がいる。
そう、うちの親父である。
「いやー、父さんちょっとその日、仲間内でウィスキー工場の見学に行くことになっちゃってさぁ。いやー、申し訳ないなぁ。まさか、抽選で当たっちゃうとは思ってなかったから。まさか、当たっちゃうなんて思ってもみなかったから」
なんてことを言って、俺に屋台の仕事を押し付けてきたのだ。
俺はもう町内に住んでもいないというのに。
ほとんど町内の人間と面識もないというのに。
とんだ迷惑である。
はぁ、とため息が口から漏れ出る。
しかしながら口から出た生温かい空気は、鉄板から沸き起こる熱風によって跳ね返されて、もろに俺の顔面へと逆流した。
ほのかにソースのよい香りが移ったそれ。
「のじゃ。桜よ、もういいのではないか」
「……あー、そうだな。んじゃ、横に避けるからパッケージお願い」
「任せるのじゃー」
ソース焼きそば。
祭りの定番。キャベツや肉より麺マシマシなそれを、じゅうじゅうと炒めるのが、俺が町内会の皆さまから仰せつかった、今回の夏祭りでのお役目であった。
冒頭に戻ろう。
夏祭り、上から見るか、下から見るか。
もとい外から見るか――内から見るか。
今年は内から見ることになってしまった。しかも、この糞暑いのに、糞暑い仕事をさせられてだ。とほほ。
「ちくしょう親父の奴、何がウィスキー工場の見学が当たってだ。絶対にこのイベントに合わせて行動してただろ」
「桜のお父さん、結構情けないようで見えてしたたかだからのう」
「そうなんだよ。ちゃんと年金満額貰えるタイミングで会社辞めるしさ。勘弁してほしいよねまったく」
「のじゃぁ。けど、今まで育ててもらったのじゃろう?」
それはそうだ。
別に裕福な家庭じゃなかった。
家もなんとか建ったようなもんで、狭いし、ボロいし、プライベートもほとんどないし。
ぶっちゃけ、そんな生活ってあるかよとって何度となく思った。
けれど、親父もお袋も、俺のことを一生懸命に考えて育ててくれた。
一人前の男になるように配慮してくれた。学校だって専門学校通わせてくれたし、就職だって、大したことない中小企業だってのに喜んでくれた。
そういう背中を見てきているから俺は、俺は……。
「おーっ!! 桜っ!! やっとるかー!!」
「はぁっ!? 親父ぃっ!?」
親父の力になろう。
そう決心したんだと、告げようとしたところで、その本人が登場した。
缶ビール片手に。
あれは隣のドリンク売り場で買ったに違いない。
なにしてんだアンタ、ウィスキー飲みに行ったんじゃないのかよ。
「いやぁ、なんかギリギリ帰るの間に合っちゃってさ。なんか、そのまま合流するってのもどうかと思ったわけ。それで、母さんと町祭りを回ってたんだけどね」
「もう本当、この人ったら年甲斐もなくはしゃいじゃって」
「はぁ、そりゃよござんしたね」
親のイチャイチャっぷりを見せつけられ、げんなりしない息子がいるだろうか。
いない、ぜったいにない。こんなもんやっておれませんわ。
というかおい、帰ってきたならそう言えよ。
本来ならこれアンタの仕事じゃねえか。
「いやぁ、加代ちゃんも一緒に仕事してもらってわるいねぇ。助かるよぉ」
「のじゃぁ。まったく、世話のかかる同居人なのじゃ」
「おい、加代さん!! おい!! なんでそこで肯定しちゃうのよ!!」
「そうそう、そりゃそうと、お前の小学校の頃の同級生とばったり出会ってな――お前が同居人と一緒に焼きそば焼いてるって聞いたら、ぜひみたいと」
「はぁ!?」
ふざけんな。
おい、ふざけんなよ、この糞親父!!。
そんなもん見られて喜ぶような男がこの世にどれだけいるっての。
というか、同級生でなくっても、近所の昔から知ってるおばちゃんとか、親戚のおじちゃんとかが、あら桜くん、きれいなお嫁さんねと声をかけていくんだよ。
そのたびに、あぁ、籍入れてないの申し訳ないんじゃぁと、胃が痛いんだよ。
同時に、加代の奴が妙にテレテレしてるのが、ちょっと腹立つんだよ。
フォックス!!
「というわけで、皆様、こちらが成長した桜くんと、そのお嫁さんでございます」
「秘儀!! 焼きそばナイアガラ!!」
俺は焼きそばでナイアガラの滝を作った。
そして俺と加代の顔が相手に見えるのを防いだ。
やれやれまったく油断も隙もあったものじゃないぜ。
「なんだよ桜。照れなくってもいいだろう」
「照れてなんかねえよ!!」
純粋に嫌なだけだよ。
ほら、お前、それに――加代にもプライバシーとかあるだろう。
まったく、本当にこれだから親父とお袋は。
孫の顔を見たいのは勝手だけれど、もうちょっと節度は守ってフォックス。
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