第333話 黄色い〇ック尾なのじゃ

 雨。雨が降っている。


 超名文をパロって言ってみたけれど、雪と雨とじゃ大違い。うっとうしい、じめじめとした空気に耐えかねて、さっと俺はガラス戸を閉めた。

 エアコンのリモコンを手にして除湿のボタンに指をかける。


 すると、横から梅雨の空気よりもじっとりとした視線が飛んで来た。


「のじゃぁ、勿体ないのじゃ。湿気くらい我慢するのじゃ」


「加代ちゃんさん」


 うちの節約監査役加代さんである。


 贅沢は敵。

 電気の無駄遣いは許さない。

 無駄な買い物も許さない。

 そんな厳しいご意見番だ。


 一番じゃなくてもいいんじゃないですか――なんて絶対に言わない。


 一番安いのがいいのだ。

 一番でなくてはいけないと、隣町のスーパーまで自転車走らせる。

 そんな節約オキツネなのである。


 正直せせこましい。

 というか、そんな一円・二円をケチったところで、いったいどうなるというのだろう。


 そのじっとりとした視線を無視して――俺は除湿のボタンを押した。


「のじゃぁ!! 勿体ないと言っておるのじゃ!!」


「まぁ、勿体ないのは間違いない。しかしな、世の中にはもったいないことより、大切なことがあると思うんだ」


「のじゃぁ、なんなのじゃ!!」


 ことと次第によってはとこちらを睨む加代さん。


 そう、大事なのは――目の前の貴方ですよ、加代さん。


 ボンバーヘッド。

 梅雨の季節はどうしても、髪の毛が水気を含んで膨れ上がってしまう。


 俺のような男は――まぁ、ちょっと人よりは長いが――その影響は大してない。

 しかし、女性ともなると、腰まで伸びる長い髪の人も多い。そういう人は、朝から湿気で膨れ上がった髪の毛に難儀するものである。


 加えて――九つの尾を無駄に背負いし者である加代さんだ。


「加代さん、黄色いムッ〇みたいになってるぞい」


「のじゃぁっ!?」


 全身真っ黄色。

 湿気を帯びて膨れ上がった加代は、全ケモでもないのに、髪の毛も尻尾も膨れ上がって、もうなんというか、雪男の子供みたいになっていた。


 女なのに雪男とはこれいかに。

 そして九尾なのに雪男とはこれいかに。


「〇ッ九尾だなぁ」


「のじゃぁ。これならまだ全ケモの方がましな気がしてきたのじゃ。というか、指摘されてこう、どんどんと不快な感じが」


「ほれほれ、無理せず今日は除湿受けとけ。はい、エアコンの前に座って座って」


 加代の奴をエアコンの前に座らして俺は洗面台からブラシを持ってくる。

 ペットのブラッシングじゃないけれど、それで優しく彼女の膨れ上がった髪を漉いてやると、徐々にではあるが人肌が見えて来た。


 やれやれ、世話のかかる同居狐だ。


「のじゃぁ。やっぱりいかんのう。梅雨の季節は」


「まぁ、しゃーない。こればっかりは」


 尾っぽもブラッシングするかと尋ねる。

 すると、彼女は「もちろん」といい笑顔で俺に尾を向けて来るのだった。


 もうちょっと恥じらってもいいだろうに。

 ほんと加代さん駄女狐。


 こんなだから放っておけないんだよな。いや、ほんと。

 人心掌握されてるわ。

 篭絡されてるわ。


 ちっとも憑りつかれた感はないけれどね。

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