第332話 アサカツで九尾なのじゃ

 はい出張。


 とかでは今回はない。

 流石に最近は課長も改心してくれたらしい。


「改元前で案件が豊富と言っても、やっぱり限度っていうのがあるよね。これからは皆に負荷がかからないように、作業量調節していくから安心してね」


 とは彼の談だ。


 ここ数カ月のクッソ忙しい状況や不意の出張。

 そして計上できるが三六ブッチの長時間労働。

 はたしてそんなホワイトトリック&ブラックジョーカーな労働環境を作ったのは、何を隠そう我らが課長である。


 そんな彼が、そんな言葉と共に、改心してくれた。

 そして二の句で次のようなことを言ったのだ。


「という訳で、さっそく代休の消化に入っちゃって。桜くん、だいぶ溜まっているよね。サーバールームも臨時で職員雇うから彼女さんと一緒に休んじゃってよ」


「彼女ではありません同居狐です」


「よく分かんないけど、もうそんなに若くないんだから。家族計画はほどほどにね」


 繁殖計画の間違いではないだろうか。


 いや、うん――余計に言葉に逃げ場がなくなったわ。


 せんから。幾ら暇でやることないからって、そんな退廃的なことしないから。

 たぶん。うん、一日くらいしか。


 というそんな次第で、俺と加代は思いがけない休暇を貰い、ここ最近のくっそ忙しかった日々の埋め合わせを行うことになったのだった。

 ただ、急に休めと言われて上手く休めるほど、俺たちは器用じゃない。


「のじゃぁ。せっかくの休みじゃというのに、朝から喫茶店で自主勉強とか。人生の楽しみ方を間違えてる気がしてならないのじゃ」


「生活リズムぶっ壊れたら社会人として終わりだぞ」


「こんなことなら今からでも急遽旅行の予約でもするんじゃった」


「土日つなげて連休になるならそれもありだったんだけどな。流石に、長期休暇の関係で三日が限度と言われたら、仕方ないわ」


 とまぁ、そんな具合である。

 休んでいいよと言われても、休むには条件がかかる。

 大型連休でもないのに、派手に休むことはホワイト企業といっても許されないのが現状だ。


 そんな訳で、俺たちはほぼほぼ出社時間に喫茶店に入って、自主勉強するという、なんともしまりのない休日の使い方をすることになった。


 やれやれ。

 まぁ、代休を消化させてくれるだけいいけれど。


「のじゃぁ……。上級試験取るのじゃ?」


「んー、まぁ、手当つくみたいだしな。俺もいい歳だし、一つくらい持っておいても罰はあたらんだろう」


「まるで受かれば取れるような言い草なのじゃ。そんな甘い試験ではないぞえ」


「……うっさい」


 お前にITスキルの点で負けているのがこっちとしては気に入らないんだよ。

 によによと、こちらへと向けられる余裕の視線が腹立たしい。


 その視線から逃げるように、俺は今座っているボックス席の横にちょこなんと置かれた、メニューを手に取った。


 モーニング、11時まで無料――か。


「のじゃぁ、朝の定義がゲシュタルト崩壊しておるのじゃ」


「狐の定義がゲシュタルト崩壊しているよりマシだろ。というか、お前、今日は弁当の配達はどうしたのじゃ?」


「……ふふっ、どうしたと思うのじゃ?」


 そう言って、トートバックからTOEICの参考書を取り出す加代さん。

 やれやれまだ資格を取り足りないらしい。


 こんな休日はどうなのよと思いながらも、俺はモーニングと一緒に頼むドリンクを求めてメニューに目を滑らせた。


「アイスコーヒーでいいか。加代はどうする?」


「んー、まぁ、朝一だしカフェインもたまにはええかのう。同じので」


 はいはい。

 まぁ、たまにはいいんじゃないの。

 こんな休日も、モーニングも、朝コーヒーも、九尾との朝から勉強会も。

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