第328話 ヘッドフォンは気密性が大事で九尾なのじゃ

 会社帰り。

 前の会社からの同僚と一緒に電気屋に寄った。

 家の公共料金の支払いをその電気屋のクレジットで落としてるんだが――。


「うわっ、俺のポイント溜まりすぎ?」


 久しぶりに電気屋で買い物をしたら、1万ポイントとか溜まっていた。

 その時は加代が一緒だったので黙っておいたのだが、今日、仕事帰りにこっそりとそのポイントで自分へのご褒美を買おうとやって来た――という次第である。


 家の光熱費の支払いしてるんだから、それくらいご褒美はあっていいよね。


「桜ぁ、こいつとかよくねぇ? 低音がずっしり腹に来る感じだべ」


「……低音がどうとか言われても、俺詳しくないからわかんねえよ」


「なんだよ。ヘッドホン買いたいっていうから来てやったのに張り合いねえな」


 勝手について来たんだろうが。


 別に俺が頼んだ訳でもない。

 野次馬根性でひっついてきた癖にひどい言い草である。

 やれやれまったく。


 という訳で、俺たちは某電気屋の二階にあるヘッドホン売り場に居た。

 ずらり並んだしっかりとした造りのそれら。正直、百円ショップのやスマホ付属のイヤホンを使っている俺には、馴染みのない世界である。


 ずっしりとしたフォルムもそうだが、お値段にも驚かされる。

 このなんか、若者がお洒落で首からぶら下げてそうな感じのそれが――諭吉さん一人分くらいするなんて。


 いやはやヘッドホンの世界というのは奥が深い。


「というか、なんでヘッドホン? 今まで必要なかったんだろう?」


「いや、まぁ。そのなんていうかなぁ。やっぱり大きな画面でしっかりと見たいというか、スマホの画面だけじゃちょっと満足できないというか」


「しっかり? 満足?」


 こいつ相手に隠しても仕方ない気がするが。


 まぁ、要するに。


 スケベ動画をパソコンで見たいのである。


 もう一度言おう。


 スケベ動画をパソコンで見たいのである。


 大事なことだから。


「最近、加代が夜勤が多くてさ。パソコン触れれる時間がちょっと増えたのよ」


「あぁ、同棲相手さんね。うん、リア充爆発しろ」


「いうほど充実してねえよ。それでな、まぁ、そういうサイトを見る時間もできた訳で。今まではスマホでしこしこと見ていた訳なんだが、パソコンの少し大きな画面で見たいと。それなら音源もしっかりしたのを使いたい――と思った訳ですよ」


 なるほど、と、納得する前の会社からの同僚。

 どうしてだろうその顔から途端に興味が失せたように見えた。


 そういやこいつ、結構なオーディオマニアだったっけか。

 スケベ動画のためにヘッドホン買いに来たと聞きがっかりしたのかもしれない。


 まぁいい、別にこっちはこいつに助言を求めてなどいないのだ。


「という訳で、絶対に音漏れしないヘッドホンが欲しい訳ですよ僕は」


「ふーん、そうか、そうか。音質とかそういうのどうでもいいのか」


「そりゃもちろん臨場感たっぷりに聞こえた方がいいですけど、そこはそれ、基準は密封性が大事!! 何故なら、スケベ動画を見るから!! 音が漏れて、下や隣の部屋に聞こえたら大変だから!! そこんところが大事なのです!!」


「……まぁ、俺じゃお役に立てそうにないや。そういうことなら、店員さんに聞いてみたら。ちょうどやって来てくれたところだし」


 前の会社からの同僚が俺の背中の方を指さす。

 ほうほうそれは気の利いた店員さんもいたものだ。

 すぐに振り返るとそこには――。


「いらっしゃいませなのじゃお客様。本日はどのようなヘッドホンをお探しで」


「KAYOSANN!!」


 加代の奴が立っていた。

 耳も立っていた。

 尻尾も立っていた。

 全体的に怒髪天であった。


 あ、はい。

 最近お仕事のお帰りが遅くなったの、ここでバイトしてたからですか。


 最近の電気屋は営業時間長いですからね。

 仕方ないですね。あはは。


 スケベ動画のくだりは聞かれていないだろうか。

 脂汗を流しながら、俺は加代さん店員にひきつった笑顔を向けた。


「い、いやぁー、隣近所に迷惑がかからないよう、気密性の高いヘッドホンを探しているんですけどね」


「ほほう、迷惑とは、具体的にどういう迷惑なのじゃ?」


「……いや、ほら、やっぱり音漏れがすると、あれじゃないですか」


「多少の音ならお互いさまなのじゃ。隣から多少の歌が聞こえて来たとて、お互いさまと割り切るのが近所付き合いというものではないのかえ」


 それとも、お互いさまでは済まない音でも聞くのかえ。

 そう問う加代さんの眼孔は――ネコ科動物のように開いていた。


 あかん。

 これ、完全にバレてる奴や。


「お客さま。お客さまが満足する商品をご提供するために、どういう用途か、具体的に説明していただきたいのですが、なのじゃ」


「……動画見るためです」


「はい? すみません、声が小さくて聞こえませんでしたなのじゃ。もう一度、大きな声で言っていただけますかなのじゃ」


 スケベ動画を見るためです。


 俺は叫んだ。

 電気屋の中心でスケベを叫んだ。


 勘弁してフォックス。

 そして、ごめんなさいフォックス。

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