第318話 ケーキバイキングで九尾なのじゃ

「ケーキバイキングじゃぁあああああああっ!!!!」


「のじゃぁあああっ!!!!」


「加代さん、腹のスタンバイは大丈夫か!?」


「ばっちり空っぽにして来たのじゃ!! お腹の音聞くかなのじゃ!?」


「――よし!! ヒロインにあるまじき言動だが、お前の気合は伝わった!!」


 なんか最近唐突に始まることが多いが、そこは日常を切り出したコメディ小説。場面がころころ変わるのはご愛敬と思っていただきたい。


 という訳で、今日俺と加代さんは、都会にあるちょっと名の知れたスイーツバイキングのお店へとやって来ていた。


 ぼんやりと見ていた夕方のニュース番組。

 そこでたまたま紹介されていたお店だ。

 お給料も入ったことだし――自分へのご褒美ということで、こうしてデートも兼ねてやってきたという次第である。


 まぁ、たまには貧乏狐も貧乏中年も、スイーツ食べなくちゃやってられんよね。


「1480円――スイーツ食べ放題!!」


「ホールで買ったら安いケーキで980円!! つまりホール1.5個分食べないと元は取れない!! 桜よ、そこんところ分かっておるであろうな!?」


「馬鹿野郎!! 俺を誰だと思ってやがる!! コストパフォーマンスにコミットする桜さんと、社外社内問わずに言われておるわ!!」


「頼りになるのじゃ!!」


「女のお前の胃袋では補えない量を俺が補ってやろう――なにより俺は、こう見えて、甘いものが大好きだから!! チーズケーキとか!! ガトーショコラとか!! ティラミスとか!! そういうの食べる系男子だから!!」


「のじゃぁ、スイーツ系男子なのにこの頼りになる感!!」


「パンケーキとか大好きだから!! マンゴーソースとか、ラズベリーソースとかマシマシ系男子だから!!」


「よろしく頼むのじゃ、桜!!」


 二名でお待ちの桜さんと店員さんが俺達を呼ぶ。

 待合席から立ち上がると、俺と加代はさっそく――道すがら並ぶケーキを確認するのだった。


 おうおう、あるわあるわ。

 スタンダードなショートケーキにチーズケーキ。

 モンブランからブリュレにプリン、コーヒーゼリー。

 一口サイズに切り分けられて、トレイに置かれているじゃないか。


 ここに加えて、頼めばパンケーキとワッフルを焼いてくれるというのだから至れり尽くせりという奴だ。


「食うぞ!!」


「おうなのじゃ!!」


 俺と加代は気合を入れて席に着席すると、荷物を置いて早速立ち上がった。

 いざ行かん――ケーキたちの待つ戦場へ。


◇ ◇ ◇ ◇


 俺たちは食べた。しっかり食べた。

 一騎当千ケーキ無双というくらいに、ケーキを食べて食べて食べまくった。


 二皿どころか三皿四皿。

 あきらかに元取っただろうというくらいにケーキを次々と食べまくった。

 ケーキだけではない。パンケーキにワッフル、そこに加えてパフェまで食べて――ようやく、やり切ったという感じに俺たちはスプーンとフォークを置いた。


 あぁ、満足、満腹。

 別腹までもお腹いっぱいという奴である。


 俺はコーヒーを、加代さんは紅茶を飲みながらほっと一息。

 当然、机の上に並ぶ皿の上には、食い残しの一つもなかった。

 舐めたように綺麗なものである。


 いやぁ、こういう所でやっぱり、人の素養というか、育ちというかそういうのは出るものだ。


 勿体なくって勿体なくって。

 ついつい残せない。


 それは加代も俺も同じであった。


「久しぶりにお腹いっぱいケーキ食べたのじゃ」


「あぁ。贅沢だなぁ。普段は半額おいなりさんとかパスタばっかりだからなぁ」


「というかそもそも外食自体せんしのう」


「……しかしまぁ」


 つるり綺麗な皿を見て思う。

 この手のバイキングでは、残してしまうと別途料金が発生するが。そんなことを心配する必要もないくらいに綺麗なものである。


「桜、食べてくれ――って来るかと思ったが、そんなことなかったな」


「のじゃぁ、それくらい計算できなくてはバイキング社会は生きいけないのじゃ」


「なんだバイキング社会って」


 とはいえ、こうもきっちり綺麗に平らげられてしまうと、なんだかつまらない感じがしないでもない。


 いやうんなんというか。

 最初に食べ残しそうになったら任せておけ、なんて言った手前もあったりする。


 俺自身も甘いものが食べたかったのも事実だが――。

 助けてくれと加代に請われて、しょうがないなと食べかけのケーキを食べる――とか、そういう展開を期待していなかった俺が居ない訳でもなかった。


 うぅん、残念、と、コーヒーを啜れば。不意に加代が意地悪っぽく笑った。


「なんじゃ。そういう甘い展開も希望しておったのか?」


「……あ、いや、そういう訳じゃ」


「まったく。ケーキだけでは飽き足らず、そんなものまで食べたいとは。よくばりじゃのう」


 どれよっこいしょと席を立つ加代。

 空いた皿を手にしてケーキの置かれた方へと向かおうとする彼女。どうやら、わざわざ、俺の為にケーキを持ってきてくれるらしい。


 いやまぁ、別にそんなの無くてもいいのに――。

 とはいえ彼女がやりたいのなら、まぁ、それもいいか。


「そうじゃ、チーズケーキがいいかえ、それともティラミスがいいかえ」


「……コーヒーゼリーかな。もうちょっと、糖分はきつい感じだし」


「ゼリーか。食べてくれアーンとか、して欲しいのじゃ?」


「……いや、だから、別に俺はそんな」


 やめろよお前。

 せっかく甘さ控えめにしたってのにさ。


 意地悪く口元を隠して笑う加代から顔を逸らすと、俺はゼリー化していないコーヒーを啜って表情を隠したのだった。


 まぁたまには胸やけするくらい甘い日も、あっていいんじゃないでしょうかね。

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