第317話 喉に自信あり九尾なのじゃ
のど〇慢がうちの街に来る。
そうお袋から嬉々とした電話がかかって来たのは、仕事でどっぷりつかれて帰って来た木曜日の夜のことであった。
「しかもゲストが凄いのよ、ゲストが凄いのよ、ゲストが!!」
「――アー、ハイハイ、ヨカッタデスネー」
なんかあったんかと思って、慌てて出た俺の心配を返してくれ。
そんな気持ちも湧き出て来ないくらいに、はしゃぎまくしたてる母親に、俺は辟易としたカタコト返事をした。
あんな何もない辺鄙な街に、よくもまぁ来る気になったなN〇K。
しかし、お袋もお袋ではしゃぎ過ぎだろう。
ミーハーか。
「なんにしても、俺らには関係のない話だから、電話切っていいかな?」
「なーに言ってんのよアンタ、そんな関係ないって。生まれた街じゃないのよ」
「生まれただけの街じゃねえかよ。もう住民票移しちまったから関係ないっての」
冷たいねぇ、ドライだねぇ、これが若さかねぇと呟くお袋。
もうほんといい加減にして欲しい。
今日は木曜日だよ。
平日だよ。
飯食って風呂入って加代とだべって寝たいんだよ。
それで明日に備えたいんだよ。
アンタと違って、俺はまだ社会人なんだからさ。
そこんところを考えてもうちょっと行動してくれよ。
何も言わずに切ろうかなと思ったその時――。
「それでね。お母さん勢い余って、エントリーしちゃったのよ」
「……あんだって?」
おいおいなんだそれ。
それはちょっと聞き捨てならない。雲行きが怪しくなって来たぞ。
そう、喉に自信があるならば、自慢大会だろうがカラオケ大会だろうが、なんだって出ればいいと思うよ。それは人の自由だからさ。
けれどもアンタ――滅茶苦茶音痴だろうが。
昔、家族でカラオケに行って、かえるのうたで俺と親父を失神させた、おぞましい音感と喉の持ち主だろうがよ。それが何を勘違いしてのど自慢に参加してるんだ。
分をわきまえろよ、おかん。
いや、応募するだけなら大丈夫だ。
そう、応募するだけならば――。
切ろうと思ったスマホを握りしめて、しばらく俺は母の次の言葉を待った。
まさかとは思うけれども――。
そんなことはないと思うけれども――。
不安が頭を過り、汗がどんどんと湧き出してくる。
俺の様子とは裏腹にスマホから聞こえて来たのは、底抜けに明るいちゃっきちゃっきの関西人の上ずった声だった。
「そしたらさぁ、よっぽど参加人数少なかったのかねぇ、選ばれちゃってねぇ。今週末予選会なのよぉ」
「逃げて!! 予選会場逃げてぇっ!!」
叫ばずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「という訳で、加代さん、よろしくお願いします」
「のじゃぁ。人に化けるのは得意じゃが、身内に化けることになる日が来ようとは」
「桜家の恥を全国に曝す訳にはいかない。いや、あの声なら予選どまりだと思うけれども。それにしたって、余計な被害者を出す訳にはいかないんだよ。頼む加代さん、アンタだけが頼りなんだ!!」
予選会当日。
俺と親父は結託して、母さんを予選会場に行かせないように仕向けると、代役として加代の奴を立てることを提案した。
母さんには、加代の奴がばっちり予選通って来るから大丈夫だと説明してだ。
ノリノリで予選にでるつもりだった母さんは、まぁ、加代ちゃんなら大丈夫でしょうと、納得して代役を任せてくれた。
すまんなお袋。
この予選会で、善戦虚しくも敗れてしまったということにして、加代には敗退してもらうつもりなのだ。
だってお前、本選――テレビ放送なんかに出て見ろ。
それこそ先に言った通りだ。
桜家の恥を世間に曝すことになる。
いや、それだけでは済まない。
ちょっとしたテロだよテロ。
ジャイア〇リサイタル。
武くんの歌が地上波放送される回とか、たしかあったよね。
なんにしたって、テレビの向こうで大河ドラマの再放送を楽しみにしている、爺様婆様たちに迷惑をかけることになってしまう。
それだけはなんとしても避けなければ――。
「頼んだぞ、加代さん、おもいっきり下手糞に歌ってやってくれ!!」
「……そんな励まし方をされるのは、生まれてこの方初めてなのじゃぁ」
「大丈夫お前ならできるさ。いつも通り、平常心で挑めば――なっ!!」
「まるで人を音痴みたいに言ってくれるなのじゃ」
見せてやれ。お前のポンコツ魂を。
加代さんののど〇慢は、今、はじまったばかりだ。
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