第319話 メイド狐メイドで九尾なのじゃ

 メイド喫茶の給料はそこそこ良いらしい。

 なので加代の奴はいい歳してメイド喫茶のバイトがあれば、すぐに飛びつく。

 そしてすぐにクビになる。


「のじゃぁ、またメイド喫茶クビになってしまったのじゃぁ」


「おーう、お疲れさん。そりゃ構わんが、直行直帰でメイド服姿で家に帰って来るのはどうなのよおメイド様」


「ただいまでございますご主人様――のじゃぁ」


 ぐってり。

 もう疲れたという感じでフローリングに寝転がる加代さん。彼女はメイド服姿から着替えることもせず、ぐでぐでとその場で寝転がり始めた。

 

 クビになるのは慣れている。そのくらいでへこたれる加代さんではない。

 とすると、よっぽどこっぴどいクビの切られ方をしたのだろう。


 普通はメイドはご主人様の世話をするものだが、こうも意気消沈されては注意するのも躊躇われる。おつかれさまと声をかけると、俺は寝転がった加代の背中を優しく揉んでやった。


「あぁあぁそこそこ、気持ちいいのじゃぁ」


 加代さんが間延びした声を上げる。

 別にプロではないのだけれど凝っているのはよく分かる。


 接客業だからな。

 一日中、立ちっぱなしというのに加えて、重い料理を無理して運んだりしていれば、必然こんな風に肩が凝ってしまうのかもしれない。


 社会に出てからこの方、デスクワークしか経験のない俺にはよく分からん話だ。

 いや、まぁ、先方の都合で一日中立ちっぱなしでコーディング&デバッグとか――そういうことをした覚えがない訳ではないけれど。


 なんにしてもおつかれのことだろう。


「メイドさん、凝ってますねぇ」


「のじゃぁ。メイドじゃからのう。今はメイド喫茶戦国時代じゃから、頑張らないと生き残ることが難しいのじゃ」


「狐耳メイドなんて需要あるんじゃないの?」


「猫耳と犬耳はともかくとして狐耳のメイドはあんまりなのじゃ。のじゃぁ、こんなにあくせく働いておるのに、ちょっとケチャップの使用量が多いというだけでクビになるなんて。まぁ、節約は大事じゃが、もそっと加減してくれてもいいと思うのじゃ」


 あぁ、そんな難癖つけられて、クビを切られりゃそりゃ業腹だわ。

 背中から肩に揉む場所を変えてやると、あぁ、効くのじゃぁと加代が情けのない声を上げた。


 しかしまぁ――。


「メイド服ばかりが溜まっていくなぁ」


「のじゃぁ。狐娘では、いつ尻尾が生えるともわからんからのう」


 メイド喫茶で働く上で注意しなくちゃならぬことが一つ。

 尻尾が生えるので制服の貸与ができないのだ。


 メイド服はいつも買い取り。

 そして尻尾が生えても大丈夫なように、しかるべき改造を施すのだ。


 そんな訳で、加代さんのメイド喫茶バイトは割とトントン。

 下手すると赤字になっていたりするから性質が悪かった。


 そして溜まりに溜まったメイド服が、どっちゃりタンスには押し込まれていた。


「あれもいい加減、なんとかしなくちゃいかんよなぁ」


「……とはいえ、普通の人には売れぬからのう。狐娘用のメイド服は」


「じゃぁ、狐娘でメイド喫茶で働きたいという娘に譲るというのは?」


「それは違うところのサイズが合わなくて無理なのじゃ」


 のじゃぁ、と、溜息を吐いても、まったく揺れない加代のフラットな胸板。

 フローリングにぴったりと張り付いたそれを目にすれば、なるほど、それがどうしようもならないことは即座に理解できた。


 ただでさえニッチな上に一点もの。

 幾ら給料がいいとはいえ、高い開業費用である。


「ドン〇で売ってる適当なメイド服でお仕事できればいいんじゃがのう」


「そんな安っぽいメイド喫茶じゃありがたみも糞もないだろう」


「使いまわせぬのが実に歯がゆいのじゃ」


 そんなに金に困っているならいかがわしい店に売り払えば――。

 なんて言おうとして止めた。


 うん、流石にそれは、うん。

 俺も同居人としてちょっと勧められなかった。


「まぁ、しかたないのう。普段着代わりに使うとするかのう」


「やめろよお前、俺が変なサービス頼んだみたいに近所の人に思われるだろ」


「のじゃ? 変なサービスとは?」


「……あー、加代さん、脚もぱんぱん。立ちっぱなしで大変ですねぇ」


 のじゃぁ、というとろける声がアパートの部屋に木霊する。

 マッサージで話を誤魔化すと、俺はメイド狐にご奉仕するのであった。


 まぁ、自宅にそういうの呼ぶ男なんて、そうそう居ないと思うけどね。


 ……変に噂になっていないことを祈るばかりである。

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