第312話 逢坂の関で九尾なのじゃ
これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関 蝉丸
「はい、蝉さん上手いこと言った――なのじゃ」
「笑〇かよ。違うよ、緑の人じゃねえっての」
某月某日。うららかな日差しを浴びながら、俺と加代はそんな歌が書かれた看板を眺めていた。
ここは大谷。
京都は山科と、滋賀は大津の境にある峠である。
俗にいう逢坂の関と呼ばれる場所だ。
どうしてこんな所に居るのかといえば他でもない――。
「まさか伏見稲荷参拝の帰りに、バッテリーが上がって立ち往生とは。御利益あるのかあの狐の総本山」
「のじゃぁ!! そういうこと言うものではない!! 罰が当たるのじゃ!!」
「――もうお前という罰ゲームを背負わされた時点で、今更な感じはあるけどね」
伏見稲荷の例大祭。
それに合わせて、加代の知り合いが伏見稲荷に集まるらしい。
しばらく顔を出していなかったが今年は行きたい。
とせがまれて、あいさつ回りにかこつけて実家の車で小旅行に出かけた訳だ。
ところが――。
見事に、その帰り道で俺はバッテリーを上がらせてしまった。
今は保険会社に連絡して救援が来るのを待っている――端的に説明するとそういう状況だ。事故にならなかっただけマシだが、やれやれ峠の途中とは大変なところで立ち往生することになってしまったものだ。
「親父お袋にはなんて言うかな。帰るの一日遅れるって言っておくか。はぁ、念のために休みを取っておいてよかった」
「のじゃぁ。旅行は計画的にという奴じゃのう」
「事故っておいて計画的にも糞もない気がするけどな」
そりゃさておき。
ぐぅ。
どちらともなく腹が鳴る。続けざま、連続して鳴ったのは、あくびと同じでつられて出たからだ。時は昼時、正午前。普通に生活していりゃお腹のすく頃。
そんな時分に、何もないような峠で立ち往生とは、本当についていないとしかいいようがない。誰が呼んだかこのトラブルと、ついつい隣の狐を見てしまう。
ただ、峠に食事処がないかと言われれば、そういう訳でもなく――。
「のじゃぁ、お腹は空いたが、うなぎ屋とはのう」
「峠のうなぎ屋。なんでこんな所に店を構える必要があるのか。鰻って山で取れるもんじゃないよな?」
今や絶滅危惧種。それでなくても高級魚、食べることが躊躇われる鰻である。
そんな鰻を売る店が偶然そこにはあった。
お高いんでしょう。
でかでかと看板掲げている辺り、それは確認するまでもなさそうだった。
背に腹は代えられないとは言っても、流石にうなぎは戸惑われる。けれども、お腹の虫はそんなこととはお構いなしにぐぅぐぅと遠慮なく鳴き続ける。
ちょっと時期が違っていたら、蝉時雨と混じってえらいこっちゃであろう。
「どうする? 入るのじゃ?」
「……いや、我慢しよう。弁当六パック分は覚悟しなくちゃならん相手だぞ」
「……旅行なのじゃから、ちょっとくらい贅沢しても罰は当たらん気もするが」
「そもそも峠のうなぎ屋が旨いとは俺には思えない。どうしてそんな所で鰻を出す必要があるのか――甚だ疑問じゃないか」
「それはやはり、峠を越えるのに精を付けるためではないのかえ?」
そうだね。昔の人はそうかもしれないね。
けどね、現代人は車という文明の利器を手に入れたのだよ、加代さん。
そんな現代人が、峠を歩いて越えもしないのに、うなぎなんて食ってみろ。
どうなると思う。
「旅行も計画的にだが、家族も計画的に――なのじゃぁ」
「のじゃ?」
峠に止められ、バッテリーが上がって動かなくなってしまった実家の車。
昼でもクーラー要らずの涼しい季節。うなぎ食って精をつけてしまった男女がそんな個室に閉じ込められれば――。
いけない。
とにかく鰻は食えない。
「のじゃぁ。ケチケチしてても仕方ないのじゃ、なんだったら、
「いいのじゃ加代さん!! 贅沢は敵!! 鰻は敵なのじゃ!!」
「そ、そんな力説するようなことかえ――」
ただでさえ小旅行で盛り上がったムードをこれ以上こじらせてはいけない――せ、じゃなかった、フォックス。
俺はきっぱりと加代の誘いを断ると、国道一号線を眺めるのだった。
「のじゃぁ、節約に桜が目覚めてくれて嬉しいが、緊急事態くらい別に構わんのに」
「それで結果食費が倍になったらたまらんだろフォックス」
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