第311話 格安SIMで九尾なのじゃ

 のじゃぁ、と、加代が難しい顔をしている。

 長く一緒に暮らしていると、不思議とその顔を見るだけで、何を考えているのか分かってくるものだから、男女の仲とは不思議な物である。


 スマホを睨む加代の渋い顔は間違いない――。


「おいなりさんの食い過ぎで体重が増えたな。そらそうだ、糖質の塊みたいなもんだからな。幾ら油揚げが大豆製とはいっても――哀れ」


「のじゃぁ!! 違うのじゃぁ!!」


「え? 違うの? 尻尾九本でさえ余計なのに、お腹も三段になっちゃって、それで絶望してたんじゃないの?」


「人の尻尾を余計なものみたいに言うでない!!」


 違ったか。

 まぁ、彼女は狐だしね。一般的な人間の思考とズレているのは多少仕方がないかもしれない。やれやれまったく、同棲ラブコメも相手が狐じゃうまくいかないよ。


 ほんと加代さん勘弁してくださいよ、加代さん。


「で、何をそんなに悩んでんだよ? 便秘?」


「なんで悩みの内容が下世話なものばっかりなのじゃ!! 違うわい!! デブってもおらんし便秘でお悩みでもないのじゃ!! 完璧美女狐の加代さんにそんな隙なぞある訳なかろう!!」


「ブラにはめっちゃ隙ある癖に」


しゃくらぁっ!!」


 見栄はってこいつCカップのブラ買ってるけど、実際にはAもあるか怪しいサイズなんだよな。パッドで増してもまだ隙がある――というか、盛ることもできないという悲しい現実を直視して。

 もうちょっと自分が究極存在とは程遠いことに気が付いてよフォックス。


 まぁ、言葉遊びはほどほどに。

 俺は加代の横へと移動すると、おそらくその渋い顔の原因である、携帯電話の画面を覗き込んだ。


 そこにディスプレイされていたのは――今月の携帯の請求金額。

 ちょっとその桁が一つ違うことに俺は驚いて目を剥いた。


「請求金額一万円って……お前、何やればこれだけ使うんだよ!!」


「のじゃぁ。今月は、いろいろと客先からの問い合わせとかで忙しかったのじゃ。それで通話料がかかってしまってのう」


「……待てまて、ちょっと待て、どういう意味だ? 通話料がかかる? お前、どこのキャリアと契約してるんだ?」


「……フォックスバンクなのじゃぁ」


 聞いたことないキャリアだな。

 格安SIMの新興キャリアかなにかだろうか。


 いや違うな。

 そういや前に、俺がフリーSIM端末買う時に、こいつの携帯を機種変更しようとして調べたっけか。確か、それより前に勧められた、管狐あれを取り扱ってるキャリア――だったはずだ。

 そうそう、その時は、更新月じゃないからと、結局機種変更しそびれたんだっけ。


 よくよく考えると、あれから結局変更せずじまいだったな。

 相変わらずいいカモだ。狐なのにカモとはこれいかに。狐の世界も化かし合いということかのう。


 ただなんにしても――。


「やっぱ通話し放題プランに切り替えろよ。仕事でバンバン電話するなら、入っておいた方がお得だぞ。というか、俺も入ってるし」


 無料通話アプリの登場により、大手携帯電話会社は完全に通話による収入モデルを破壊されてしまった。それに伴い、データ通信の方に規制をかけ、通話を無制限にするという奇手を打って早三年くらいが経とうとしている。


 それでも一度できてしまった、データ通信メインの流れは変わらない。

 データ通信料が安い格安キャリアが乱立し、更にキャリアを問わないフリーSIM端末が多く流通するようになり、最近は大型電気量販店の携帯電話コーナーもそっちのスペースの方がにぎわっているくらいだ。更に、デュアルSIM、俗にいうDSDS機能持ちの端末なんかが現れて、会話用のSIMとデータ通信用のSIMを併用するという、そんなのが一部では当たり前な時代が来ようとしている。


 閑話休題。

 ちと熱くなって語りすぎた。


 そんな時代にあって、どうして、彼女は通話し放題のプランに入っていないのか。

 白い目をして彼女のスマホを覗き込むと――。


「……アブリャゲプラン」


「のじゃ。家族間通話し放題のお得なプランなのじゃ。まぁ、家族は全員海外じゃから、実質全然お得じゃないのだけれどのう」


「ちなみにパケットは従量課金制だったよな」


「上限五千円なのじゃ。使い過ぎないように、いつもはデータ通信は使わないように切っておるのじゃ。こういう細やかな節約が、家計には大切なのじゃ――」


 うぅん。

 そういう枝葉末節に躍起になるより、まず、基本となる樹をちゃんと見よう。

 というか見るのじゃ。


 やっぱりプラン変更しろよ。

 フォックスバンクがどういうキャリアか知らないけれど、今のご時世、こんな古いモデルのプラン、もう新規で契約もできないだろう。そんな思いを込めて、俺は加代さんに生暖かい視線を向けたのだった。


「のじゃ? なんなのじゃその眼は? まるでがという感じの目つきは?」


「この情弱がァ!!」


 思わず、俺は叫んでいた。


◇ ◇ ◇ ◇


「のじゃぁ、桜の会社のプランに変えたら、通話料金が五千円以下になったのじゃ。助かるのじゃぁ」


「へーへー、そりゃよかったですねぇ」


「しかも通話し放題なのじゃぁ。これで電話料金を気にしなくて済むのじゃ」


「フリーダイヤルは対象外だから気をつけろよ」


 とまぁ、そんな訳で。

 俺は自分が使っている格安キャリアを加代に勧めた。


 見積貰って五秒で契約。

 とっくの昔にスマホの代金支払い二年縛りも超過していた加代さんは、すんなりとMNPでキャリア変更することができた。変更月ではなかったので、解除料はかかってしまったが。まぁ、そこは仕方なしという奴だろう。


 そして今、新しいスマホを手にはしゃいでいる。

 まぁ、そんな塩梅である。


「ちなみにデータ通信量は最低のプランを選んだから、あんまネットとかするなよ」


「のじゃ任せるのじゃ!! お外ではパケット通信切って、お家のWifiやお店のフリーWifi使う!! 今までどおりだから何も問題はないのじゃ!!」


「……まぁ、俺とお前が家族なら、パケット代を共有することもできたんだが」


 まだ、あくまで同居人だからなぁ。

 おまけに家族割引もあるから、更に基本料金が下がるんだが。


 そのために結婚するというのも――なんか違うよなぁ。


 って、何を俺は考えておるのじゃぁ。


「のじゃ。もう充分携帯代が安くなって満足なのじゃ。過ぎたるは及ばざるがごとし、ほどほどにしておくのじゃ」


「さいですか」


 そうして得意満面、新しいスマホを手にして、ぽちぽちと指先を動かす加代。

 さっそく誰かに電話をかけるのだろう。

 やれやれ、えらいはしゃぎようだ。


 なんて思っていると、ぶるりぶるりと俺のポケットが震えた。


 着信。

 相手は――目の前の駄女狐だ。


「もしもーし、桜なのじゃー、聞こえておるのじゃー」


「……お前なぁ」


「ふふっ!! かけ放題だから、こんなことをしても安心なのじゃ!!」


 何が安心なのじゃだ、この駄女狐め。

 まったくとごちりながらも、こちらから電話を切る気には――どうしてなれないのだった。


 まぁ、たまには九尾さまの気まぐれに付き合ってやるとするか。

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