第313話 農家の嫁は大変で九尾なのじゃ
こんにちは皆さん桜です。
前略田んぼの上から。今日は貴重な休日にも関わらず、俺は何故か長靴を履いて、手に稲の新芽を握りしめて佇んでおります。
青空がやけに眩しい。
いい五月晴れですね。
はっはっは。
「――笑ってる場合じゃねぇ!! 何やってるんだよ!! おい、何をやってるんだよ!! 俺!!」
「のじゃぁ。ぶつくさ言ってないで口より先に手を動かすのじゃ」
隣には腰をかがめた加代さん。白いほっかむりがこれまたやけに似合っている。浅葱染めの上着も素敵で――うぅん、ど田舎お狐という感じである。
こりゃどこからどう見ても、文句のつけようのない狐娘だ。
あのポンコツ都会狐の加代さんでも、こんなことが出来るんだな。
俺はちょっと感動してしまったよ。
ぐすり。
鼻先を拭えば泥がこびりつく。
粘土質な臭い。牛糞などの臭いはしないが、どぶの香りが少し薄まったようなその香りに、たまらず俺は腕で鼻を擦った。
なにやってるのじゃと加代があきれた顔をこちらに向ける。
それをね尋ねたいのはこっちの方だっての。
「どういうことだってばよ。気がついたら貴重な休日をど田舎で田植えして過ごしている。いつからこの番組は田舎でこんこん日和なスローライフモノにチェンジしたんだ。化け狐、化かすにしても加減しろよフォックス!!」
「のじゃぁ。今日はやけに饒舌なのじゃ。そんなに田んぼ仕事がいやかえ?」
「好きとか嫌いとかじゃねえ。展開の速さにポルナレ〇的についていけないんだよ。あれか、一巡して違う世界に来ちまったのか、俺たちはよう」
微妙に違う似た人物になっちまったのか。
じっと目の前の加代を見てみるが――うぅん、特に違和感は感じない。
のじゃぁ、そんな人の顔をじろじろと見るでない、と、加代が顔を背ける。
そんな中――。
「皆さーん、お茶を淹れてきましたー、休憩にしましょーう!!」
晴天に耳に馴染みのない声が響いた。
◇ ◇ ◇ ◇
「いやしかし、農家に嫁いだ狐娘ね。そういうのもあるのね。世の中」
「今のご時世いろいろなのじゃ。まさにぐろーばりゅ化という奴じゃのう」
「いや、それとはちょっと違うだろう」
「ありがとうございます加代さん、それに桜さん。正直お手伝いに来ていただいて助かりました」
お茶を紙コップに淹れてにこやかに言う娘さん。
加代とそう変わらない見た目年齢をした彼女の頭には、ひょこひょこと三角形の耳が揺れている。尻尾は出ていないが、どうやら加代と同じ化け狐らしい。
そうつまるところ、俺は化け狐たちに化かされてこんな田舎くんだりまで来てしまったのだ。
ちょっとピクニックに出かけようと、ほいほい加代に連れ出されれば、待っていたのはこの農家の嫁狐。そのままなし崩しに、田植えを手伝わされることになった。
なんでも、彼女の旦那が腰をいわしてしまい、田植えができないらしい。
今の時期を逃すと田植えは難しい。是が非でもと頼まれてしまうと――狐のよい加代は断れないし、同じく人のよい俺も断れないのだった。
――はぁ。
とんだピクニックもあったものである。
というかそれならそれで、最初からはっきりと言ってくれれば、俺は別に素直に手伝ったっていうの。
ぶつくさと言った手前ではあるけどさ。
「ほんと、ありがとうございます。ご迷惑じゃありませんでした?」
「のじゃぁ、困った時はお互いさまなのじゃ。気にしちゃいかんのじゃ」
「それでも農家のお仕事を手伝っていただけるなんて。普段のお仕事もあるでしょうし、なかなかできるものではないかと。なのに来てくださってありがたいです」
「んー、まぁ、大変なのは認めるけど、実際加代の言った通りだからなぁ」
コップを受け取り喉を潤しながら俺は言う。
本当ですかと目を輝かせた農家の嫁狐は――都会狐にはない豊満な胸をゆっさゆっさたっぷたっぷ揺らして微笑んだ。
うむ、そのおっぱいと笑顔だけでおつりがくるわ。
そこに加えて農家に嫁いだ狐妻とか。
性癖マニアック過ぎておかしくなっちゃいそう。
えへへぇ、と、鼻を伸ばせばすかさず加代が頭をどついた。
なんだい加代ちゃん。
狐の嫉妬とかみっともないぞ。
ありがとうございますと苦笑いで彼女は言うが、むしろこっちがありがとうをいいたいぐらいだ。
ナイスおっぱい。ナイスおきつね。
やっぱり狐娘はこうでなくっちゃね。
「それじゃぁ、私は旦那の世話がありますので」
やかんとお菓子を置いて出て行く農家の嫁狐。
よっこらフォックスと加代と肩を並べると、俺は雲一つない青空を眺めて、ほぁと溜息を吐き出したのだった。
まぁ、こういう日もたまにはいいよな。
最近そんなことばっかり言ってる気もするけど。
「しかしまぁ、あんな別嬪な嫁狐を貰っておいて、ぎっくり腰とはやわな旦那だな。もったいないったらありゃしない」
「のじゃ。仕方ないのじゃ。記憶が確かならもう随分なご高齢じゃからのう」
「……え?」
「化け狐は歳はとらんが、相手は普通にとるからのう」
こればっかりはどうしようもないことじゃて。
そう言ってお茶を啜る加代さん。
田んぼの中に突っ込んだ足元を見る彼女。その顔が少し寂し気に水面に揺れているのを、俺はただ黙って見守ることしかできなかった。
人間と狐が一緒になるということはどういうことか――。
「それでも、好き合うてしまったなら仕方ないのじゃ。その限られた時間を、一緒に過ごすのが、結局幸せなのだと最近思うのじゃ」
「……そうかもしれねえな」
もう一度啜ったお茶は、冷めたからだろうか、少しだけ苦かった。
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