第304話 もっパブとはなにで九尾なのじゃ
「桜ァー!! もっパブ行こうぜ!! もっパブ!!」
「……は、なに、も? お、じゃなくて、も?」
聞き間違えかなと首を傾げる俺に、も、だと力強く答える同僚。
久しぶりに参加した飲み会の帰り。そこで、でろんでろんに酒の回った彼に絡まれた俺は、その突然の申し出にあんぐりと顎を開いた。
もっパブとは。
聞いたこともないし行ったこともない。
というか、おっパブからして俺は相当ご無沙汰なんだけれども。
なんにしても答えは決まっている。
「嫌だよ。俺は真っすぐ家に帰るんじゃい。加代が待っとる」
「まぁまぁそう言わずに」
「いかがわしい店に寄ったらあいつ煩いんだよ。というか、同棲しているの知ってて誘うな馬鹿」
「浮気は男の甲斐性だぜ。それに、お前だってたまには、違う女の子といちゃいちゃしたいんじゃないの? ほれ、同棲相手だと満たせない欲求がやっぱあるじゃん?」
一理ある。
そう、同棲しているからこそ、満たせない欲求というのは確かにある。
商売だからこそ満たすことのできる欲求というのも確かにある。
それはそれ、これはこれ。
同棲しているからって、男の欲求の全てが満たされるのかといえば、決してそんなことはないのだ。それは皆さんもよくご存じのことかと思う。
しかし――。
「それでも、俺は、もっパブなんて、行かない!! 加代に操を立てる!!」
「うーむ、よく言った、分かった俺ももう何も言わん!! おつかれしたー、桜くん、また来週会社でねー!!」
「ちょーっと待て!! 待てって、おい!! 男の顔も三度までってあるだろ!!」
俺に背を向けて夜の街へと消えそうになった同僚を引き留めた。
そう、確かに俺は加代さんと同棲している。
それは間違いのない事実だ。
そして彼女のことを愛している、それもまた事実だ。
しかし男にはどうしても断れない大人のお付き合いというのがある。
無理に誘われたら断れない。そういうものじゃないか。
「三回、三回誘って貰ったら、俺もしかたないにゃぁとか言って、着いて行こう思ってたんだよ。なんで二回で止めるかなぁ!!」
「なんだよ結局お前も行きたいんじゃないかよ」
「行きたいですよ!! 当たり前でしょう、だってあたい男の子だよ!?」
女の子と遊びたいと思う事の何がいけないことでしょうか。
KENZEN。
俺は声を大にして言おう、KENZEN。
これはKENZENな行いだと。
「まったくしかたねえなぁ――桜くぅん、まぁ、そう言わずにさぁ、行こうよ、もっパブ」
「ったくしょうがねぇなぁ。加代には黙っといてくれよ?」
そう。いかがわしいお店に行くにも、こういうお約束が必要なのだよ。
HOOOWOOO!!
やったね、もっパブじゃぁい!!
おねーちゃんじゃぁい!!
久しぶりに加代以外の女の子と遊べるぜ!!
お仕事なら仕方ないよねHOOOWOOO!!
◇ ◇ ◇ ◇
もっパブとは。
おっぱいだからおっパブ。
では、も、とはなんなのか。
俺は考えた。しかし、酒の入った頭では、それに対する答えは出てこなかった。仕方ない、だって酔っているのだから。
なので、俺はその店に着いてから、嫌な予感に眉を顰めた。
「……天然100%おけものもふもふパブ」
「なぁ!! 超気になるなだろ!! どういう店なのか!! 出来てからすげー気になってててさ!! 一度入ってみたかったんだよ!!」
「気になる、これは気になるけど……」
オチはもう見えた気がする。
もうここまで来て、引き返すという手はないけれど――。
どうしよう。限りなく引き返したい。
そう思った矢先、もっパブのネオンきらめく扉が開いて、中から人がでてきた。
いや、正確には人ではない――。
それは、もふもふのふさふさの尻尾を持つ人に化けしもの――。
「はーい、いらっしゃーい。って、お兄ちゃん!?」
「……はい、お兄ちゃんです」
そう。扉の向こうから現れたのは、何を隠そうハクくんであった。
そしてその時、もっパブのもが意味するところを、俺はようやく理解した。
もっパブの「も」はもふもふの「も」。
「やだお兄ちゃんたら。お姉ちゃんの九尾じゃ飽き足らずに、他の娘の尻尾も触りたいだなんて――好き物なんだから」
「いや、もう、九本で有り余るくらいに満足してるんだけれどね」
「うちは定番の狐尻尾から狸尻尾、猫尻尾に犬尻尾と、いろいろなもふもふが楽しめるよ。そして、なんと言っても――触り放題!!」
「うぅん、お兄ちゃん、尻尾の先より根元の方が気になる感じかな」
というかハクくん、お姉ちゃんにはこのこと黙っておいてください。
すかさず繰り出す間合い無しからの
当然、その夜、モフモフ乱舞が我が家で繰り広げられたのは言うまでもなかった。
とほほ。
やっぱり、浮気は駄目、絶対だね……。
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