第303話 目覚まし時計で九尾なのじゃ

 前の会社に居た時の話だ。

 よっぽどブラックな会社だったんだろう、俺はよく、ということを経験した。


 おかげで無遅刻・無欠席、ついでに言うと有休も未消化、代休ばかりが溜まってしまってどうしようもないという状況だったのだが。

 まぁそれはさておき。それくらいに俺は朝の強さに自信があった。

 目覚ましなんてなくても起きれる。そうタカを括っていた。


 なのだが――。


「……嘘だろおい」


 目が覚めたのは朝の十時過ぎ。

 今の会社は九時始業。変則勤務は可能だが、それは事前申請が必要で――なんてことを、ごちゃごちゃ言っている時間もない。


 つまるところ遅刻である。


 どうしてなんでと目覚まし時計を見れば、見事にアラームの電源がOFFになっていた。


 のじゃぁ……と、九尾のような溜息が出そうになるのをこらえて、俺は急いで枕もとのスマホを手に取った。すぐに連絡を入れたのは、会社の人事部だ。

 うちでは急な有給取得、あるいは、遅刻の連絡については人事部に話を通すことになっている。もちろん、直接の上長に連絡するのもOKだが、今日は課長は新規案件の話で出先だったはずだ。


 ちくしょうやっちまったと、パニクった頭にコール音が木霊する。

 流石はホワイト企業。三コールまでに通話は繋がった。


「す、すみません!! 桜ですが!!」


「あー、桜くん、おはよう。どうしたのそんな慌てて」


「いえ、あの、その」


 妙だ。

 もっとこう、無断欠勤を咎めるような、そんな口ぶりで来るかと思ったのだが、なんで人事部の人は落ち着いているんだ。


 話がおかしい。

 そう思った時だ。違和感の答えは、向こう側からやって来た。


「聞いたよ。同居人さんの調子が悪くて午前休だってね。いやぁ、同棲しているといろいろと大変だわなぁ」


「……はい?」


「けど、幾ら仲がいいからって、同僚くんからの連絡は勘弁してよ。一応、上長か人事部通して有給申請するのがルールなんだからさ。といっても、桜くんはそういうの言っても守らない人だから仕方ないか」


 同居人の調子が悪い。

 同僚くんから連絡。


 なるほど合点承知がいった。

 つまり、俺が遅刻しそうなのを見越した前の会社からの同僚が、気を利かして人事部の方に俺が午前休を取ったと連絡しておいてくれたという訳だ。


 あっと漏れ出しそうになった声を俺は押し殺す。

 そうそうそうなんですよと適当に人事部の社員に話を合わせると、俺はそそくさと電話を切ったのだった。


 ふぅ。


「なんだよアイツ。結構いい所あるじゃないか」


 持つべきものは、いざという時に庇ってくれる同僚である。

 ベッドの中でまどろみながら、俺は同僚の顔を思い浮かべて感謝する。


 すると、スマホが突然ブルった。


 ラインだ。

 もちろん、送信元は脳内にさわやかな笑顔がこびりついている同僚。


「――今度なんか奢れな」


 さんざ会社でお前のポカをフォローしているのに、そういうことを言うかね。

 うっさい、今までのフォローで帳消しじゃいと言ってやりたかったが、流石に、やらかした直後では何も言う事はできなかった。


 神のように思えた同僚の顔が、悪魔のように頭の中で歪んでいく。

 うぅむ、やはり人においそれと借りなんて作るもんじゃないな。


 さて――。


「お隣の加代さんは」


 ぐーすかとぐーすかと、眠りこけている駄狐さま。

 剥き出しになったお臍を天に向けて、口からはだらしなく涎を垂らしておられる。


 俺よりも、朝早いはずなのに、こんな所でこんなことしてていいのだろうか。


 ――ちょいさ。


「のじゃぁっ!?」


 臍の穴にぷすりと人差し指を突っ込んでやると、九本の尻尾を逆立たせて飛び起きる加代ちゃん。何するのじゃと突っかかってくる彼女に、俺は無言で目覚まし時計を突き付けた。


 おぉ、青い青い。

 青狸ならぬ青狐かとばかりに加代さんの顔が青くなる。


「のじゃぁ!! 大変なのじゃ!! 大遅刻なのじゃぁ!!」


 こっちはどうやら、頼れる仲間は持っていないらしい。

 やれやれ。これからしばらく事務所でこいつの顔が見れなくなると思うと、ちょっと寂しいものがあるなと感じながらも――。


「まぁまぁ加代さん。落ち着きなさいな」


「これが落ち着いていられ――もがむむむ」


「俺は午前休、お前さんはクビ確定。せっかく午前が暇になったんだから、ゆっくりしようや――」


 そう言って、うりゃうりゃと、俺は加代の――。


 省略されました。

 全てを読むにはコメント欄にもっふるもっふると書き込んでください。(嘘)


 なんにせよ、こういうゆっくりした朝も、たまにはいいんじゃないの。

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