第302話 いつかDockerで九尾なのじゃ

 バージョン管理ツールが絶妙に使いにくい。


 今、俺たちプロジェクトで使っているバージョン管理ツールは、社内標準と定められているSubversionである。リポジトリを社内ファイルサーバに造って、そこでプロジェクト毎に作業している。

 まぁよくある感じのソフトウェア開発環境だ。

 VisualSourceSafe使ってるプロジェクトがある中で、まだマシな管理をしているようにも思う。


 だが。

 いかんせん、六・七人というそこそこな規模での開発となってくると集中型での作業が結構しんどい。そして、なにより先方との相性が悪い。

 向こうの都合で機能を独立してビルドしてテストに回すことが多いのだが。その度に機能の開発担当者に、リポジトリとのマージ作業が発生する。

 これで泣きを見ている。余計な工数が発生しているのだ。

 最近、うちのチームは残業が増えたねぇ、なんて、課長が悪気もなしに言った時には、ちょっとした殺意を覚えた。


 とはいえ先方に、「あれ、この機能ってなくなったんですか?」なんて、言わせてみろ。うちの会社の信用問題に関わる。


 という訳で。


「git使いてえ。というかgitlab使いてえ」


「桜、贅沢なんじゃねぇ。明らかにプロジェクトの規模に対して、費用対効果が釣り合わないべ」


「我慢し続けりゃどうにかなる問題じゃないだろ。しかもお前、まだ開発は折り返してもないんだぞ。これからガンガンこういうトラブルが増えると思えば……」


「あー、あーあー、想像したくねぇ」


 前の会社からの同僚はそう言って握り締めていたドリップ式のコーヒーの紙コップを握りつぶす。こいつも内心では分かっているのだ、泥沼に俺たちが足を突っ込んでしまったことに。


 これまでの慣習でとSubversionをほいほい使ったのが問題だった。こんなことになるのなら、最初からgitで始めるべきだったのだ。とはいえ、ただ単にgitを導入しただけで、どうにかなるような状況でもない。

 gitlabのマージリクエスト機能やwikiなんかで、差分リリースした機能情報を管理しないととてもじゃないが追い付かない。subversionのコメント機能だけじゃ、とてもじゃないが管理できるレベルではないのだ。


 しかし問題は……いつだって内側にある。

 それも上の方に。


「gitlab導入したいって言って、うちの上長がうんて頷くかだなぁ」


「まぁ、うちはそういう所、頭がお堅いからな」


「お前は仕事はできないけどそういうところが聡いから話してて楽だわ」


「だろぉ。トレンドは追ってるからね、一応これでも」


 社内政治はそこそこできるし、技術的な部分についても知識については申し分ない。ただ実装速度だけはそこそこなんだよなぁ。それにバグも割と出す。そこさえなければ安心してプロジェクトリーダー任せられるんだけれど。

 なかなか、天は人に二物を与えずという奴だな。


 かくいいう俺は社内政治はからっきしだし、キレやすくって対外的な問題よく起こす。その分、と思われて終わりというメリットもあるが。


 そうだな。

 今回もその俺ならやってもおかしくないを利用させてもらうか。

 俺はデスクを立ち上がると、同僚を島に置いてサーバールームへと移動した。


「おーう、加代さんよ」


「のじゃぁ。なんなのじゃぁ。というかサーバールームにほいほい入るでない。埃が舞い起るであろうが」


「おう、狐のお前がそれを言うか」


 サーバルームでお仕事している加代さん。

 毎度謎なんだが、どうして弁当屋でバイトしているのに、気が付いたらサーバルームで保守とかしてるんだろう。

 あれだろうか、九尾の尾っぽを分離してとか、そういう感じの分身でもしているんだろうか。最近の九尾はほんとなんていうか芸が細かいよね。

 最近といいつつ実年齢は三千歳だけどさ。


 まぁいいや。

 俺はサーバルーム内の棚に背中を預けると、腕を組んで加代を見た。


「おー、ちょっと聞きたいんだけどさ、うちのIPアドレスとPC名の管理ってどうなってる?」


「のじゃ? DHCPで自動割り振りしておるが。申請のあったPCはMACアドレスで固定IPを割り振っておるぞ?」


「まじか。申請書の出し方とか分かる?」


「社内約款読めなのじゃ」


 頼むよ加代さん、お前だが頼りなんだと拝んでやる。

 流石おきつね。拝まれると弱い。


「のじゃぁ、しょうがないのう」


 彼女は顔を赤らめると、しぶしぶという感じで頭を掻いた。


 ほんとちょろいなぁこのオキツネ。

 いやこの場合は、頼もしいと言っておこう。


「のじゃ。それで、どのPCに固定IP割り振るのじゃ」


「んー、俺のデスクトップPC。MACアドレスは……これな」


 手帳に控えておいたそれを見せる。

 ふむふむ、と、相槌を打って、加代の奴はすぐさまそれを見ると、かたりかたりとKVMで操作を始めた。


 ものの一分もかからなかっただろうか。

 加代が振り返って、にやりと微笑んだ。


「のじゃ。登録しておいたのじゃ。割り振ったIPは後で通知書持ってくので、もうちょっと待って欲しいのじゃ」


「おー、さんきゅー、愛してるぜ加代さん」


 いやぁ、持つべきものは小回りの利くインフラエンジニアとのコネと、そこそこ処理能力がある――ついでに言えば、スペックを持て余し気味な――デスクトップPCだね。

 あと、ラブリーな九尾の同居人。


「ところで何をするつもりなのじゃ?」


「とりあえず、DockerでGitlab立てる。ポートはこっちでなんとか開けておく」


「のじゃ。相変わらずなんでも一人でやろうとする奴よのう」


「お前の力を借りた所じゃねえかよ」


「駄目なのじゃぞ。ちゃんと周りを頼らないと。そういうことばっかりしてるから、会社内で孤立してしまうのじゃ」


「んー、まぁそんくらいの自由人が居た方が、会社としては動きやすいんじゃない」


 それじゃ、俺はさっそく仕込みがあるからと棚から背中を離した。

 するとそんな俺の服の裾を、加代の奴がひょいと掴む。


 なんだろうかと彼女の方を振り返ると、じっとこっちを真剣な目で見ていた。心配するような、そんな感じの奴だ。


「のじゃぁ。お礼がまだなのじゃ」


「さっき言ったろ、愛してるって」


「言葉だけじゃ伝わらないこともあるのじゃ」


「お礼ってのは言葉で伝えるもんだろうが」


 なんていう俺の言葉などまるで聞いちゃいないという感じに、加代の奴が黙って目を閉じる。つんと突き出されたのは――ピンク色の唇だ。


 おいおい。

 これはどうしろってんだよ。


 おまえ、ここは会社だよ。

 ただでさえ色々と俺とお前の関係は問題になっているっていうのに。


 あぁ、もう。


「……勘弁してくれよ」


「誠意と好意は行動で伝えるのじゃ。わらわはちゃんと行動で示したぞえ」


「……そうかもしれんけどもさ」


 ほれ、早くしろとこちらに唇を突き出す加代さん。

 どうしたものかなぁとちらりサーバー室の入り口を見ると――。


 によによと、こちらを見ている前の会社からの同僚の顔が見えた。

 やれやれ。仕事場でデバガメですか。

 仕事しないでそういうことしてるからお前は出世できないんだよ。


 そんなんやってる暇があるなら、その間にテストでもしてろ。


「……もひゃ」


「ほれ、ここは人目があるから。またどっかでな」


 俺は加代の唇を指で塞ぐと、もう片方の手で同僚の居るドアの方を指さす。

 慌てて逃げ出した彼。そしてかぁと顔を赤くする加代さん。

 すぐに彼女は俺の手を払いのけると、口元を自分の手で隠したのだった。


「のじゃぁ、仕方ないのじゃ。今はこれで勘弁しておいてやるのじゃ」


「へいへい」


「……帰ったら覚えておくのじゃ」


「今日残業して帰ろうかなァ」

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