第273話 新幹線で九尾なのじゃ

 はい出張。

 こんなホワイト会社でも、先方都合で東京行かなくちゃならない。

 そういうのはあるから社会ってホントクソだわ。


 なんでそんなイキってるかって。

 んなもん、週の半ばに東京出張ぶち込まれたからに決まってるだろ。


 土日前後ならまだしも、週中よ週中。


 水曜日。

 定時退社奨励日。


 まぁ、うちは奨励しなくても、そして奨励日でなくてもみんな帰るけれどもさ。


「どうしてそんな日に出張予定入れて来るかな先方も」


 まぁ、今携わっているのが結構おいしい案件だったりするので、こちらとしてもぞんざいに扱うことはできない。

 そんなだから、先方に乞われるまま、チームリーダーである俺の出張はとんとん拍子に決まってしまった。


 一応、先方も定時でこちらが仕事を終えるホワイト企業なのは知っている。

 早めの時間にミーティングは設定してくれていた。


 だが、そこはメガロポリス東京。

 地方都市に戻ろうと思うと、新幹線を使っても、移動だけで半日かかる。


「その間も、お賃金は出るからいいんだけどさ」


 そう、いいんだけれどもさ。


 新幹線を使っての出張である。

 たとえ出先で定時でミーティングが上がっても、そこからお家に帰るまでには、当然えらい時間がかかってしまう。


 先ほど言った通り、半日がかり東京に出てきているのだ。


 さらにさらに。

 新幹線での移動が半日に加えて、その新幹線が止まる駅からの移動もある。


 俺の家があるのは私鉄沿線。

 そして、新幹線の停車する駅からは、ほどよく遠い。

 私鉄に乗り継ぐまでJRで一時間もかかる。そして、その中継駅から、自宅の最寄り駅まで行こうと思うと――さらに三十分かかる。


「帰る頃には日付回ってるぞこれ」


 その辺りも見越して、明日は午前分休を取らせて貰えてはいるが。

 同居人こと加代の奴を一人寂しい思いをさせるのはなんとも忍びない。


 まぁ、たまの出張だから仕方ないのじゃ、と、彼女は言ってくれたけれど。

 一人で食べるいなり寿司はさぞ冷たかろう。

 美味しくなかろう。


「こういうのが無いようにと、楽な会社を選んだつもりだったんだが」


 仕事より家庭。

 いや、まぁ、まだ家族じゃないけれども。


 とにかくプライベートが大事と思って今の仕事にはついたつもりだ。

 給料が安いのもそれで我慢している部分がある。


 今後、こういう出張が続かないようにと、今日は出先できっちりと、念を押して帰って来なければ。もちろん、失礼のないようにそれとなくではあるが。


 うぅむ。


「それにしても、少し前の俺からは絶対に出てこない発想だよな」


 前の会社に勤めていた時には、仕事優先で、プライベートのことなど少しだって顧みることはなかった。

 それが、加代と暮らしだしてみてからどうだろう。


 すっかりと骨抜きにされてしまったと言えばその通り。

 仕事を楽なものに変え、エンゲル係数を下げに下げ、享楽に浸っている。


 これが現代の九尾の狐の傾城の術なのかね。

 だとして、悪くないように思えなくもない。


「今んところ、借金もせずに上手くやれてるし、それはそれでいいか」


 とはいえ、貯蓄は大切である。

 幾ら結婚式の資金は、嫁の家から出すのが習わしとは言っても、俺だって少しくらいは出さなくてはいけない。このままでは、婚姻届けを市役所に提出して終わりという、昭和な感じの貧乏結婚が目に見えている。


 いや、そもそも、狐との結婚に婚姻届けを出す必要があるのか。


「逆にないとしたら、それこそ式くらいしっかりとしてやりたい所だよな」


「のじゃ? なにがないのじゃ? お茶なのじゃ? お弁当なのじゃ?」


「なにってお前、戸籍だよ戸籍。結婚するにしても、戸籍がなければ婚姻届けを出しても仕方ないだろう。だったら、せめて、式くらいは豪華に――」


 と、言いかけて、違和感に気が付いた。

 ふむ、このどこかで聞いたことのある声は、と、顔を上げれば。


 新幹線の通路に、顔を真っ赤にした、売り子のお狐さんが立っていた。


 見慣れた黄色い髪。

 そして見慣れた九つの尻尾。

 さらに見慣れたのじゃ顔。


 おいおい、通路が広いからって、そんな尻尾広げてたらお客さんに迷惑だろうが。


 まぁ、驚いて出したんでしょうがね。

 俺も驚いて尻尾が出そうですがね。


 そうですか、そうですか。今回は新幹線の売り子さんでしたか。

 完全に不意打ちですよ。


「のじゃぁ、流石に、婚姻届けは、ちょっと取り扱ってないのじゃぁ」


「いや、だから、その前段階の話であって。というか、なんでついてきてんだよ、この駄女狐」


「せっかく東京出張するなら、一緒にあっちで美味しいものでも食べようかなぁと思ったのじゃが……」


 思わぬものを食べさせられてしまったのじゃぁ。

 ぼそり呟いて、顔を真っ赤にして正面を向く加代。

 それから、彼女はまるで聞かなかったような素振りで、すいーと、お弁当やら飲み物やらが乗った台車を押し、通路の端へと消えていったのだった。


 姿が消えるまで終始無言。

 そんな車内販売員ってあるだろうか。

 まったく、こりゃまた、アイツはクビだな。


 まぁ、それよりも早く、俺が恥ずかし死する方が早いけど。


「うわぁあああああああああっ!!!!」


 新幹線の中で、奇声を叫ぶ。


 しっかりしろよ俺。

 もうなんていうか、アイツが仕事先に現れるのは、想定できただろ。


 なに気を抜いてデレてんだよ。


 馬鹿なの?

 九尾なの?

 死ぬの?


 だぁ、もう。ホント社会ってクソだわ。

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